第1章 不思議な交流

ドラゴン騒動の結末

 早朝の潮風が、とても心地よく吹き抜けていく。



 キリハはまだ少しばかり眠気を訴えるまぶたをこすりながら、砂浜にごろりと横になって空を眺めていた。



 どうして朝っぱらから、こんな所にいるかというと……



「お姉ちゃーん、上手く取れないよぉ……」

「あんたねー。もっとちゃんと狙ってから飛び込みなさいよ。ご飯抜きになるわよ?」

「ええぇー…」



 こういうわけである。

 キリハはごろりと体を転がし、海で狩りに勤しんでいるレティシアとロイリアを見つめて微笑んだ。



 ジョーがドラゴンの処遇に対して譲歩の姿勢を示したことで、宮殿全体に暗雲をもたらしていた事件は、するすると解決に向かった。



 というか、早急に収束させないと余計に事態がこじれるところだったのだ。



 セレニア山脈の向こうには、ドラゴンが数多く住んでいるわけだ。

 その証拠に、人間の居住地となっているこちら側の上空を、ドラゴンが通り過ぎていくことは珍しくはない。



 だが、以前のドラゴン討伐の際、宮殿からドラゴンが飛び立っていったことが問題だった。



 当然ながらそれは多くの人々に目撃されており、ターニャはドラゴン討伐の管理をするかたわらで、事情説明をする緊急会見の準備で相当大変だったらしい。



 しかしそこは、ターニャの手腕のすごさというべきか。



 彼女はこれまで敵対していたはずの総督部、ミゲルが手を組んでいた研究部との合意を水面下で取りつけ、討伐終了後にすぐ、一般人も集まれる広場で会見を開いた。



 ドラゴンを逃がすなんて、管理体制が杜撰ずさんすぎたのではないか。

 始めは非難の声をあげていた人々も、ターニャの真摯しんしな態度に拍子抜けした。



 そして彼らの非難に一切狼狽うろたえず、冷静に質問へ答え続けた彼女の姿に圧倒され、これ以上追い詰めようがないといった様子に変化。



 そしてそこに、キリハとディアラントを乗せたレティシアたちが帰ってきたものだから、批判のしようがなくなってしまったようだった。



 国を代表する最強師弟がドラゴンを従えている姿を見せつけられたのだ。



 結果的にこれが決定打となり、保護の継続という結論に落ち着いたドラゴン騒動がこれ以上の混乱を生むことはなかった。



 後から聞いた話だが、あれはディアラントとジョーによる一計だったという。



 百聞は一見にしかず。

 言葉だけで安全を訴えるよりも、ドラゴンがキリハの命令に従う場面を直接見せた方が早い。

 インパクトもあるし、驚愕で人々を黙らせることも可能だろう、と。



 なるほど。

 だから討伐の後、ディアラントが『オレもドラゴンに乗ってみたーい♪』なんて言って、レティシアに乗せてもらったのか。



 ターニャがあえて屋外で会見を開いたのも、あの二人の提言だという。



 まさに、毒をもって毒を制すというやつか。

 その二人がタッグを組んだら、誰もが問答無用で叩き潰されそうだ。



 自分から話を聞いたレティシアが、感心と呆れが半々といった雰囲気でぼやいていた。



 レティシアたちの保護を継続する目的は、生きたドラゴンの生態観察と、対ドラゴン用物資の調達とされている。



 それは決して嘘ではなく、自分とレティシアが許す範囲で、生体データと血液や鱗のサンプルを提供している。



 レティシアの血液が他のドラゴンにとって相当な脅威であることは、彼女自身もフールも認めている。



 彼女の血液サンプルは、研究部の手によって有効活用されることだろう。

 その研究成果も、学会で随時報告されることになっている。



 しかし、ドラゴンの保護が国民に不安を与える判断であることには変わりなく、レティシアたちは今も、地下シェルターを生活の拠点としている。



 とはいえ、それではあまりにも可哀想だと交渉した結果、人々の目があまりない夜や早朝に散歩するくらいなら大丈夫だと、外出の許可をもらったのだ。



 一応こちらも世間体を意識して、周囲に人が住んでいない海岸や森林に出かけるようにしている。



 出先でレティシアたちが狩りをして食事を済ませてくれるおかげで、経費削減に繋がるというおまけもついてきた。



 そう考えると、この特例措置も悪いものではないだろう。



 あれから、あっという間に二ヶ月。

 今のところ大きな問題もなく、日々は過ぎていた。


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