呼び出し先に現れたのは―――

 次の休みの日。

 キリハは、宮殿の最寄り駅から程近い広場に訪れていた。



 写真の裏に書いてあったメッセージで指定されたのは、ここの時計台。

 おそらくはここで、気味が悪いこの手紙の件に何かしらの進展があるはずだ。



「………」



 時計台近くの木陰で息をひそめ、キリハはそこにいる人々を睨みつけるような眼差しで観察する。

 指定の時間はとうに過ぎたが、あえて時計台には近づかない。



 犯人がシアノを待っているのだとしたら、この場に子供を気にして視線をやたらと下の方に向ける人物がいるはずだ。



 そういう人物を見つけたら、気配を殺して近づき、まずは身柄を確保。

 武器を隠し持っている可能性もあるので、とにかく身動きを封じることを優先しろ。



 先んじて、レクトに受けた助言である。



 心底肝を冷やしたが、手紙の送り主と会える機会が巡ってきたなら万々歳。

 日頃の恨みをぶつけつつ、じっくりたっぷり話を聞こうじゃないか。



 人々の些細な挙動すらも見のがさないように、神経を尖らせる。

 衝撃は、予想外の方向からやってきた。



「キリハ兄ちゃん!」



 後ろから、ぽんと背中を叩かれる。



「メイア……レイ…?」



 振り返った先にいた二人に、キリハは目を丸くした。



 レイミヤの孤児院で暮らす二人。

 中学生になった去年から外出制限が緩和された二人は、先に申請さえ出しておけば、交通機関を使った遠出もできる。



 自分がいなくてもカミルと遊べるようになったと喜んでいた二人がここにいても、何らおかしいことはないのだけど……



「こんなところで、どうしたの…?」



 この、得もいわれぬ違和感はなんだろう。



「キリハ兄ちゃんったら、何言ってんの?」



 メイアとレイは、二人揃って不思議そうな顔をした。

 彼らがここに来たわけは―――





「キリハ兄ちゃんが呼んだんでしょ? そろそろカミルの誕生日だから、一緒にプレゼントを買いに行こうって。」





 自分の中では、一番ありえない理由だった。



「あれ!? 俺、そんな連絡したっけ!?」

「したよー。」



 メイアが携帯電話の画面を見せてくる。

 そこには確かに、自分から二人に宛てたメールがあった。



 だけど……





(知らない……俺、そんな連絡してないよ……)





 唇を戦慄わななかせ、キリハは自身も携帯電話を取り出す。



 自分には、彼らにメールを送った記憶はない。

 最近はそれどころじゃなくて、そこまで気が回る状況じゃなかったもの。



 その証拠に、確認した携帯電話には二人への送信履歴なんてなかった。



 十中八九、これは犯人の罠だ。

 シアノの代わりに自分が乗り込んでくることを分かっていて、あえてこの二人を呼び出したのだろう。



(どうしよう……このままじゃ、みんなが危ない…っ)



 こんなでたらめを信じるなと言いたいところだが、正直なところ、自分でもまんまと誘い出されると思う。



 現実として、カミルの誕生日は再来週だ。

 去年も二人を連れてプレゼントを買いに行った。



 理由も時期もごく自然。

 そんな呼び出しが自分のアドレスから届いたら、どこをどう疑えというのだ。



 もしも、またこんな風に誰かが呼び出されたら。

 自分がそれを知らなかったら。





 その時、その人は―――……





「キリハ。動揺する気持ちは分かるが、ここはこらえろ。」



 脳裏で響く、冷静で落ち着いた声。

 それにすがらずにはいられなかった。



(で、でも…っ)



「ここで馬鹿正直に自分のメッセージじゃないと言ったとして、こいつらにどう事情を説明するのだ? 子供の口に戸は立てられん。下手すれば、お前が誰かにつきまとわれていることが一瞬で広まるぞ。」



(………っ!?)



「いいか、冷静になれ。これは試されているのだ。お前に死ぬ気で口を閉ざす気があるのか否か。」



(ここで、メイアたちに気付かれたら…?)



「なんとも言えんが……周りに言われる前に、口封じされる可能性は否めない。」



 口封じ。

 その単語に、全身から血の気が引いていくようだった。



「………っ」



 震えそうになる体を叱咤し、一度瞑目。

 そして―――





「ごめん。約束、来週だと思ってた。」





 気力という気力を掻き集め、今できる精一杯の笑顔をたたえた。



「ええーっ!」



「ほんっとにごめん! よくメール見たら、確かに今日だったね。たまたま別の用事でここに来ててよかったよ。じゃなかったら、二人を何時間も待たせるところだった。」



「そしたらおれたちも、キリハ兄ちゃんに鬼電するところだったよ。」



「だからごめんってば! お詫びに、今日のお昼ご飯は何食べてもいいから!」



「本当!?」



 食事に釣られて、途端に輝くメイアとレイの顔。



 ある意味、ここに呼び出されたのがこの二人でよかった。

 もしも相手がルカやジョーだったら、こんな簡単に言いくるめはできない。

 動揺を見抜かれて、質問攻めにされたはずだ。



(なんで、こんなことを…。用があるなら、直接かかってきてよ…っ)



 メイアとレイの背中を押して移動する裏で、心は悔しさとも怒りともつかない感情で揺れていた。


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