止まらない猜疑心

 ショッピングモールに向かい、メイアたちが選んだ店に入る。



 好きなものを頼んでいいと言ったのに、二人は遠慮がちに、最低限のメニューでいかにバラエティー豊かに食べるかを話し合っていた。



 本当に、心優しい子たちだ。

 せっかくの機会なので、注文の時に二人が迷って諦めたものを追加で全部頼むことにした。



 そんなに食べられないと申し訳なさそうにしていた二人だったが、いざ料理が運ばれてくると表情を一転。

 無我夢中で料理を口に運んだ結果、大量の皿は見事に空っぽになった。



 食事中も買い物中も、二人は孤児院や学校での話を楽しそうにしていた。

 いつもなら微笑ましく感じるその話も、今は安らいで聞くことが叶わない。



 結局我慢できず、二人にお小遣いを渡してゲームセンターへ送り出した。

 その間に自分は、目立ちにくい場所にあるソファーに腰かけ、じっくりと考えにふける。



(……レクト。)



 一人で抱えるにはきつくて、また彼を呼んでしまった。



「少しは落ち着いたか?」



 数秒ほどの間を置いて、レクトの声が響いてくる。

 それで、彼が先ほどまではこちらにリンクしていなかったことを察した。



(疲れるのに、何度もごめんね。その……シアノは大丈夫?)

「心配するな。今日も洞窟からは出さずに、私の傍にいさせている。ずっと、お前のことを心配しているよ。」



(そっか…。ごめんねって伝えといてくれる?)

「分かった。伝えておこう。それよりも、今は自分のことを考えろ。」



 レクトの声が、途端に真剣味を帯びる。



「キリハ。悪いことは言わん。もう、このことを上に報告しろ。」



 レクトはそう言ってきた。



「前にも言っただろう。犯人の存在を意識したことに気付かれた以上、要求はエスカレートしていくと。お前をかたって子供を呼び出すなど、人間の世界では十分に犯罪行為だろう。」



 どうにか自分を説得しようと試みるレクトの声は、少しばかり説教じみている。

 それ故に、彼が自分のことを本気で心配してくれているのが伝わる。



 だけど、素直に頷くことはできなかった。



(でも……)

「キリハ!」

(だって!)



 レクトの言葉を嫌がるように、キリハはぶんぶんと首を横に振る。



(俺が誰かに言ったら……口封じで、その人が殺されちゃうかもしれないんでしょ?)



 あの言葉を聞いた時の恐怖が、自分の心に強くこびりついている。



「大丈夫だ。お前の仲間は、そんなに非力ではない。お前もお前の大事な人も、ちゃんと守ってくれるだろう。」



(楽観的に言わないで! さすがに、俺もそこまで馬鹿じゃないよ!!)



 聞きのがしてなんかいない。

 自分が口封じの懸念を口にした瞬間、レクトが明らかに息をつまらせた。



 それはつまり、彼も同じ危機感を抱いているということ。

 それなのに、そこにふたをしてそんなことを言うなんて。



 レクトが自分の身を案じていることは分かるけど、今はただ、その優しさが不快で仕方なかった。



(ねぇ…。なんで、手紙の人は俺の休みを把握してるの?)

「それは、お前の部屋を監視しているからではないのか?」

(そんな話、俺の部屋ではやってない。)



 レクトの予測を、キリハはきっぱりと否定。



(シアノが手紙を渡されたのが、大体二週間前でしょ? その三日くらい前に、この日を休みにするかもって話したよ。……ルカたちとだけね。その後は、ネットで申請を出しただけ。)



 いつドラゴンが出現するとも限らない今。

 予測システムがそれなりの精度を誇っているとはいえ、例外はつきものだ。



 そのため、竜騎士隊とドラゴン殲滅部隊は、毎週末に二週間後の休みを決める。

 有事の際に連絡口として部隊の一人は宮殿に残るよう、互いに都合を示し合わせた上で申請を出すのが常だ。



(それなのに、なんで俺がこの日に休むって分かるの? ……宮殿の中に、犯人か協力者がいるってことじゃないの?)



「お、おい……」



 レクトの声に戸惑いが混じる。

 それでも彼は、〝そんなことはない〟とは言わなかった。



 ベルリッドの件で、初めて宮殿内部に疑念を抱いた。

 そして、一度芽生えた猜疑さいぎ心は止まらない。



 あまりにも人が多い宮殿本部。

 あの中で犯人を捜すのは無理がある。

 任務がある手前、自分の部屋の前を常に見張っておくのも厳しいだろう。



 別に、ディアラントやジョーを信用していないわけじゃないのだ。



 だけど、彼らが手を尽くす前に犯人の悪意が誰かを襲ったら。

 それが、彼らの大切な人だったら。



 そう思うと、怖くてたまらない。

 自分の身を切られるより、そっちの方がつらい。



「キリハ……」



 もしかしたら、心の声には乗せていない感情も伝わっているのかもしれない。

 レクトが、複雑そうな声音でうめいた。



 自分は、どうしてレクトに八つ当たりじみた物言いをしているのだろう。

 彼はただ、自分を心配してくれているだけなのに……



 なんだか自分が情けなくなってきて、思わず奥歯を噛み締める。

 その時―――





「こーら。そんな顔をしてたら、幸せが逃げていっちゃうぞ。」





 つん、と。

 優しく頬をつつかれた。


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