第2章 転がり落ちて―――

アリ地獄のように、深みへ―――

 次の休み。

 いつものようにシアノたちへの手土産みやげを見繕いながら、昼食を取るためにレストランへ向かった。



「すみません。予約していたんですけど……」



 店員に名前を伝え、その案内で隅の方にある席へ。



「こちら、お連れ様からお預かりしたものです。」



 上着を脱いで席に座ると、店員が一枚の封筒を差し出してくる。

 もう慣れたことだ。



「ありがとうございます。」



 封筒を受け取りながらにこやかに笑いかけると、店員は特にこちらを疑う素振りも見せず、一礼して去っていった。



「はいはい。次はどこですかーっと。」



 封筒を開き、便箋びんせんにしたためられた次の呼び出し日時と場所を確認。

 それが済めばこの手紙に用はないので、ビリビリに破いてトイレのゴミ箱に捨ててしまう。



「あー、お腹空いたー。」



 さっくりと意識を切り替え、メニューのページをめくる。

 すると。



「お前……完全に慣れてしまったな……」



 脳内で、苦々しい声が響いた。



「まあ、もう三ヶ月くらい経つしね。あの手紙がもう他の人の目に触れないって分かってるから、逆に気が楽になったっていうか。」



「それは、決して褒められたことではないぞ…?」



「いいじゃん、別に。今のところ休みの日を潰されるくらいで、これといった実害はないし、向こう持ちで美味おいしいものも食べられるし。」



「そのうち要求がエスカレートして、直接危害を与えられたら……」



「むしろ、かかってこい。殺さない程度にギッタギタにしてやる。」



 最近は、犯人に早く会いたくて仕方ない。

 この恨みを直接晴らさせてもらえるなら、十人だろうと二十人だろうと相手にしてやる。



 軽い口調と同じく平然とした様子で、キリハはメニューに並ぶ写真を眺める。



 レストランだったり、ネットカフェだったり、カラオケボックスだったり。

 呼び出し場所は様々だが、最近分かった傾向がある。



 それは、決してフィロアから大きく離れず、街中に溶け込んだ場所であるということ。



 近場に大きなショッピングモールがあることも多いので、自分としても〝買い物のついでに立ち寄っただけ〟と言えるから、非常に都合がよろしい。



 ルカが話してしまったのか、最近になってディアラントやミゲルから、レクトとの関係について言及があった。



 少し驚きはしたが、それも自分にはありがたい展開だ。

 おかげで、休日にどこに行っているのかという質問を濁さずに済むからだ。



 レクトたちに会いに行っているという事実が明るみに出た代わりに、その裏でついでに済ませているこの用事については、ひっそりと闇に隠すことができる。



 レクトには関わらない方がいいんじゃないか。



 ディアラントたちにもフールと似たようなことを言われたが、それもドラゴン大戦を再び起こさないためだと言えば、二人ともぐうの音も出なくなったようだった。



 ただ、二人に無用な心配はかけたくないので、ちゃんと〝危ないと思ったら、素直に身を引く〟とも伝えてある。



 それでも心配した彼らから〝定期的に様子を聞くのは許してくれ〟と言われたので、それは快諾。

 こちらとしても、その程度の介入なら文句はない。



(負担を抱えた状態が普通になるように適応してるって、こういうことかな…?)



 以前にルカから言われたことが、ふと脳裏をよぎった。



 気が楽になったのは本当のことだ。



 それに加えて、この半年で嘘をつくことにも慣れてしまった。



 なんとなくではあるが、上手く立ち回れる口の閉ざし方と取り繕い方というのも、コツを掴めてきたように思う。



 それと同時に、なんだか皆の輪から外れていっているような気もするけれど……それはきっと、仕方のないことで。



 誰もが皆、裏と表を器用に使い分けて生きている。



 嘘がつくのが大の苦手というディアラントだって、裏に獰猛な狩人かりゅうどのような顔を隠しているし、ジョーに至っては嘘と建前が九割だろう。



 自分もとうとう、裏を持つ必要が出てきたというだけだ。



(大丈夫、大丈夫……レクトのところに逃げ込めるだけ、まだ耐えられる。)



 そう。

 状況は人生最悪と言ってもいいくらいだけど、逃げ場があるだけマシだ。

 並みの人間では到底敵わないドラゴンが味方というのは、とても心強い。



「ご飯食べたら、そっちに行くね。シアノにも伝えといて。」

「ああ…」



 複雑そうなレクトのうめき声。

 それを無視して、キリハは店員呼び出しボタンを押した。


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