持ちかけられた取引

 オークスから得られた答えに、キリハはパッと表情を明るくした。



「―――っ!! ホント!?」

「おっと。」



 思わず椅子から腰を浮かせるキリハに、オークスは素早く手を突き出す。



「慌てない、慌てない。君が知りたいことは、ちゃんと教えてあげよう。だから君も、僕の研究にちょいと協力してくれんかね?」



「協力…?」



「なーに、難しいことは何もないさ。定期的にサンプルが欲しいのと、ちょっとした心理テストを受けてほしいだけだよ。」



 言葉の意味を表すように、オークスは机に並べられた道具の中から、採血用の注射器を取ってちらつかせる。



 その仕草で、彼が何を求めているのかを察した。



「サンプルって……俺の?」

「それ以外だったら、君に許可を取る必要がないだろう? 《焔乱舞》と君は、研究部の中でも話題だからね。」



 まぶたを叩いて自分を指差すキリハに、オークスはにやりと口の端を吊り上げる。



「科学的には解明できないシステムを持った《焔乱舞》と、それに選ばれた君だよ? 科学者として、こんなに食指が動くモルモットはいないよ。誰が君を丸め込むかって、さっきもあんなにいがみ合ってたろう?」



「え…? さっきのって、俺がみんなに嫌がられてたんじゃないの?」



 予想外だったのでそう訊ねると、オークスはいやいやと大きく手を振った。



「そんなわけないだろう。逆だよ逆。君なら、誰もがいつでも大歓迎だと思うよ?」

「なんで…? だって、俺はここの人たちとそんなに仲良くないし、竜使いなのに―――」



「いいことを教えてやろう。」



 オークスはキリハの言葉を遮り、すっと指を立てた。



「先入観ってものは、いつの時代も真実を歪めるものだ。世界的大発見というのは、いつも常識を超えたところに存在している。科学っていうのはね、常に全てを疑うことから始まるのさ。」



「疑うことから…?」



 まさに自分が苦手そうな分野だ。

 でも、オークスの話には、なんだかとても興味がそそられる。



 キリハは真剣な眼差しで彼の話に耳を傾けた。



「そう。先入観や常識に囚われている時点で、科学者としては失格だよ。僕らは嘘をつかないデータと向き合って、論理的に証明された事実だけを信じている。そして、少しでも多くの事象の真実を知りたいと思っている。竜使いなんて希少価値の高い人間を毛嫌いするだけ、損というものだ。そして僕は、数少ない竜使いの中でも、とりわけ君に興味がある。」



「俺に?」

「そうとも。」



 語るオークスは楽しげだ。



「ドラゴンに味方した時点で、君は普通の人間とも、竜使いとも一線を画した。僕は、そんな君に興味がある。君の中の何がそんなことをさせるのか……―――あるいは、《焔乱舞》の何が君にそんな言動をさせるのか。」



「……ほむらが?」



 どういうことなのだろう?

 キリハは目をまたたく。



「別に、ありえないことではあるまい?」



 オークスは当然のことのように告げた。



「考えてみたことはないかな? 神竜リュドルフリアの血と炎を宿し、触れる人間を選ぶ《焔乱舞》。何故わざわざ、触れる人間を選ぶ必要があるのだろうな?」



「そう言われてみると、なんでなんだろう…?」



「推測はいくらでも立てられるが、そうだなぁ…。誰にでも触れられるようでは、《焔乱舞》にとって、あるいはドラゴンにとって、何かが不都合なのかもしれん。」



「不都合?」

「うむ。」



 これが学者モードというやつだろうか。



 真面目な表情で推測を述べるオークスは、こちらに向かって語りかけているというよりも、自分の中で情報を整理しながら呟いているといった風に見えた。



「もしそう仮定するなら、君はドラゴンにとって、都合のいい人間だと言える。では《焔乱舞》は、何を根拠にして君を都合のいい人間だと判断したのか? 何らかの因果関係から、君がドラゴンに決して敵対しないと見抜いたのか……もしくは、そうあるように洗脳できる人間を、適合者として選んだのか。」



「え…?」





 ―――《焔乱舞》が、人間を洗脳する?





 オークスが提示した可能性の一つに、キリハは絶句してしまった。



 そんなはずはないと思いたい。

 だが、あのドラゴンたちをかばえたのは、《焔乱舞》が彼らをほふろうとしなかったからだ。



 あれがなければ、自分はきっと疑問を持たなかった。

 やらなきゃいけないと自分の心に言い聞かせて、今までと同じように炎を放っただろう。



 それに最近になって、妙な声らしきものが聞こえるのは何故?

 まさか、自分が気付いていないところで、自分の何かが変わっているとでもいうのだろうか。



 ―――この、《焔乱舞》によって。



「そんな青い顔をするんじゃないよ。別に、脅したわけじゃない。単なる可能性の一つってだけの話じゃないか。」



 黙り込んで床を見つめるキリハに、オークスは呆れたような息を吐いた。



「仮説を立て始めたらきりがない。だから知りたいんじゃないか。……とはいえそれの場合、僕が生きているうちに、必ずしも全部が解明できるってわけじゃなさそうだけど。それでも、ね? 知りたくはないかい?」



 ずるい言い方だ。

 そんな風に言われたら、拒めないではないか。



 疑いたくない。

 否定されたくない。



 《焔乱舞》のこと。

 ドラゴンのこと。

 そしてもちろん、今まで共に戦ってきた仲間たちのことも。



 それだけが、はっきりとしている自分の気持ち。



 ならば―――


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