第3章 知って 向き合って そして進んで

知が集まる場所

『お前は知るべきだ。』



 ルカのあの言葉を聞いて、目が一気に覚めた気分だった。



 そうだ。

 自分は何も知らない。

 知らなくてもいいように、色んな人たちに守られてきた。



 でも……きっともう、それではだめなのだ。



 知らなきゃいけない。

 どんな形でもいい。

 前でも後ろでもいいから、とにかく進むためには。



 だから―――





「カカカ。まさか君が、自分からこんな所に来るとは思いもせんかったよ。」





 オークスは上機嫌に笑い、キリハを招き入れた。



「ほれ、そこにある椅子に座ってなさい。」

「う、うん……」



 脱ぎ捨てられた白衣に埋もれている椅子を引き出してそこに座りながら、キリハは物珍しげに周囲を見回した。



 医療・研究部の最下層。

 ここは、オークス専用の研究室だという。



 別にオークス個人に用があったわけではなかった。



 ただ、研究棟の受付に訪れた自分の相手を誰がするのかと研究部の皆が話し合っている間に、騒ぎを聞きつけたオークスが現れて、こうして彼の研究室に連れてこられてしまったのだ。



 机に乱雑に積まれた、いかにも難しげな学術書。

 棚に並んだ薬品の数々。



 いかにも、科学者の部屋という感じだ。



 部屋の最奥に据えられたいくつものモニターには、目をらしても見えないくらいの密度で文字や数字が並び、それに加えてたくさんのグラフが画面いっぱいに敷き詰められている。



 まだ精密機械の扱いに慣れていない自分には、目が回りそうな空間だった。



「珍しいかな?」



 大量の道具を机に並べながら、オークスが訊ねてくる。

 キリハは素直に頷いた。



「なんか、俺には難しそう……」



 そんな感想を述べると、オークスはカカカと独特な笑い声をあげる。



「そうかい。だけど実際には、そんなに難しいことでもないぞ。知りたいと思えば、どんなに難しいことでもなんとかなるもんだ。」



「知りたいと思えば?」

「そうそう。」



 オークスはキリハの言葉を肯定して先を続ける。



「僕たち研究者の根底にあるのは、知りたいって気持ちだけさ。世の中の不思議を科学的、論理的に分析して、それを解明する。僕らはそれが、何よりの快感なのさ。周りの人間が変人だと煙たがろうと、僕たちは知を得るために研究に打ち込むだけ。研究者なんて、みんな単純なもんさ。」



 そこまで言ったところで道具の準備が終わったらしく、オークスはキリハの隣の椅子に腰かけた。



 そして彼は、真正面からキリハを見つめて……





「――― 今は、君も同じように見えるがね?」





 と、意味ありげに問うた。



「何か、知りたいことがあるのだろう?」

「―――っ!!」

「カカカ。君は分かりやすい。」



 息をつまらせるキリハに、オークスはそう笑った。



「…………だってさ……」



 キリハはうつむいて口を開く。



「俺には、分かんないんだもん。みんながなんで、あんなにドラゴンを否定するのか。確かに俺も、ドラゴンが危険じゃないって言える証拠はないけど……でも、それは他の人も同じじゃないの? それとも……俺が知らないだけで、本当はちゃんとした理由があるの?」



 そこで、ゆっくりと顔を上げるキリハ。

 曇りのないその瞳には、オースクが指摘したように純粋な知への渇望が見て取れた。



「ドラゴンって、そんなに危ない生き物なの? 壊れたら危ないって言うけど、そんな簡単に壊れちゃうものなの? 壊れても、殺さずに治してあげられる方法とかってないの? 俺には分かんないよ。ドラゴンのこと、何も知らないから。……本当は、俺が間違ってるの?」



 訊ねながら、答えを聞くのが怖くなる。

 でも、知らないと何も始まらない。



 だからキリハは、固唾かたずを飲んでオークスの答えを待った。





「……科学的には、絶対的に危険であるとは証明されていないね。」





 少しの沈黙の後に紡がれたのは、不安を期待に塗り替えるような回答だった。


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