血を交わした理由

「あ、そういえば……」



 皆が撤退の準備を進める中、レティシアが何かを思い出したように呟いた。



「あんた、なんか訊きたいことがあるって言ってなかった?」

「……あ。」



 訊ねられ、自分もそのことを思い出す。



「うん、そうなんだ。レティシアって、ユアンのこと知ってる?」



 彼女と話してから、ずっと疑問だったことだ。



「知ってるも何も……ねえ。」



 少し鬱陶うっとうしげな反応。

 それで、答えは十分に伝わってきた。



「じゃあさ……なんで、ユアンがリュドルフリアと血を交わしたかって、知ってる?」



 答えなんてもう分からないだろうと思いながら、それが気になって仕方なかった。



 もしこんな未来を予見できたとしたら、彼らは血を交わしただろうか。

 彼らの関係は、そんな損得勘定だけで割り切れるような、あっさりとしたものだったのだろうか。



 自分たち竜使いが生まれるに至った彼らの行動の背景には、一体どんな想いがあったのだろう。



 大きな期待と、一抹の不安。

 キリハは固唾かたずを飲んで、レティシアの言葉を待った。





「ああ、あれ? ただの事故よ?」





 彼女の答えは、非常にシンプルだった。



「え……えええぇぇっ!?」



 突如絶叫したキリハに、近くにいたディアラントが驚いてその場から飛び上がる。



「び、びっくりさせんな! どうした!?」

「だ、だって…。ちゃんとした理由があったんだって信じてたのに、事故だなんて言うから……」

「本当のことなんだから、仕方ないでしょうよ。」



 レティシアの声は淡々としている。



「リュード様が怪我してたところにたまたまユアンが通りがかって、その時偶然、お互いに血を体内に取り込んじゃったって話よ。それまでは私だって、まさか自分の血にそんな効果があるなんて、知りもしなかったもの。」



「うう、そんなぁー……」



 予想外と言えば予想外。

 とはいえ言われてみれば、これ以上に納得できる経緯もない。





「でも、あれ以来リュード様は変わった。」





 レティシアの口調が変わる。

 遠くを見据える彼女のそれはおとぎ話を語るようで、どことなく寂しげな雰囲気をかもしているように感じた。



「どういったわけか、私もリュード様も、他より随分と強く、賢く生まれてきちゃった。別に欲しくもなかったけど、特別な力を持っちゃって……当然ながら、同胞たちは私たちに畏怖したわ。畏れ多いって、ろくに近寄ってもくれないのよね。私には途中からロイリアがいたけど、あの方はなんだか、ずっとひとりだった。で、それがあの方にとっての普通でもあったと思う。私もそれが普通だって思ってたし。」



「………」



「そんな普通をぶっ壊したのが、ユアンだったのよ。偶然だけど意志疎通ができるようになって、お互いに知性があるんだって知って……何がそんなに嬉しかったんだか、リュード様のとこに足しげく通うようになってね。それからよ。リュード様が、何かと同胞に構うようになったのは。私もよく、長話に付き合わされたわ。」



 きっと、悪い思い出ではないのだろう。

 レティシアはくすくすと笑い声を零す。



「『この偶然を、偶然のまま終わらせるなんてもったいない。どうせなら、友として同じ世界を見よう。』……って、そう言われたんですって。リュード様も嬉しかったみたいよ。そんな風に言ってくれるお友達ができて。」





〝同じ世界を〟





 落胆していた胸に、その言葉は魔法のように広がっていった。



 きっかけは、些細な事故だったのかもしれない。

 でもそこから絆が生まれたのは、ユアンとリュドルフリアが互いにそう望んだからだったのだ。



「ありがとう! それを聞けたら、俺はどんだけでも頑張れるよ!!」



 キリハはとびきりの笑顔を浮かべる。



 思ったとおりだ。

 共に歩もうと思うのに、大袈裟な理由なんて必要なかったのだ。



 好きになったから。

 一緒にいたいと思ったから。



 同じ世界を見たいという願いはきっと、そんな単純でささやかな気持ちからくるもの。

 それでいいのだ。



 信じていてよかった。

 心の底から、そう思えた。


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