沈黙の理由
ターニャたちからの報告によると、ドラゴンたちはロッカ森林の中央付近で降下を始めたとのことだ。
ロッカ森林付近に車を停め、キリハたちは深い森の中を分け入った。
さすがにこんな森の中となると、無線が繋がりにくい。
念入りに動きをすり合わせ、どんな事態にも対応できるように陣営を組む。
そして、森に入ってから一時間後。
キリハたちは、二匹のドラゴンとじっと対峙していた。
今のところ、状況は
こちらが先手を取るよりも先に、ドラゴンたちに接近を気付かれてしまったのである。
大きいドラゴンの方はともかく、翼を傷つけられた小さいドラゴンの警戒は、生半可なものではなかった。
こちらも安全面から
「――― キリハ。」
ディアラントが微かに口を開く。
「いつまでもこれじゃ、
みなまで言われずとも、ディアラントが何を求めているのかは明らか。
キリハは無言で頷き、右手をゆっくりと《焔乱舞》にかけた。
しかし。
「……え?」
予期せぬ事態に、キリハは目をまたたかせる。
「どうした?」
異変を察知したディアラントが、ドラゴンから目を逸らさないまま訊ねてくる。
キリハはそれには答えず、そろそろと右手で握る《焔乱舞》 を見下ろした。
(
信じられない思いで、右手に再度力を込める。
でも、結果は同じ。
いつもは自分を振り回す勢いで存在を主張するはずの《焔乱舞》が、今は完全に沈黙しているのだ。
初めての出来事に戸惑いを隠せず、キリハは顔を上げてドラゴンたちを見つめた。
小さいドラゴンは、牙を剥き出しにして臨戦体勢。
その奥では大きいドラゴンが、まるで小さいドラゴンを見守るように鎮座している。
(あれ…?)
そこで、キリハは初めて違和感に気付いた。
(もしかして……)
脳裏にひらめいた可能性。
それを、キリハは直感で信じることにした。
「キリハ?」
いつまでも動かないキリハに、ディアラントが再度声をかける。
その隣で、ぐっと奥歯を噛んだキリハは―――
静かに、《焔乱舞》から手を離した。
「はっ!?」
目を剥くディアラントの前で、キリハは次の行動に移る。
《焔乱舞》を構えない丸腰のままで、ドラゴンたちに近づき始めたのだ。
「キリハ!? ストップ!!」
「何してるんだ!? 戻ってこい、馬鹿!!」
ディアラントとルカが叫ぶが、キリハはそれを一切聞かなかった。
一歩ずつ、ゆっくりとドラゴンに近づく。
それにつれて小さいドラゴンの
手を伸ばせば触れられるほどまで近づいたところで歩みを止め、キリハは目の前にいるドラゴンたちの様子を、無言で観察した。
もしかすると、幼いドラゴンなのだろうか。
今まで討伐してきたドラゴンと比べると、かなり小さい。
首下からの胴体は、三メートルもないと思う。
傷つけられた翼を震わせてその場で
キリハは次に、大きいドラゴンの方に目を向ける。
小さいドラゴンとは対照的に、大きいドラゴンにはこちらを警戒する素振りがなかった。
こちらをじっと見つめるアイスブルーの瞳は、ただ穏やかだ。
「やっぱり……」
推測が確信に変わる。
「キリハ!!」
その時、ディアラントの上ずった叫び声が
それにハッとして意識を小さいドラゴンに戻すと、鋭い爪がもう眼前にまで迫ってきていた。
「―――っ!?」
とっさに足を引いて顔をかばう。
その直後にざくりと嫌な音がして、右手で熱が爆発した。
「つっ…」
キリハは手を押さえて後退する。
ドラゴンの爪がかすった手のひらから、あっという間に血があふれて、地面に赤い点をいくつも作っていく。
熱を伴った痛みに顔をしかめていると、背後で剣を抜く気配がした。
周囲に走る緊迫。
このままでは、この辺りは悲惨な景色に変わり果ててしまう。
それだけは
「だめ!!」
キリハはくるりと振り返ってディアラントたちに向き合うと、ドラゴンをかばうように両手を広げた。
「キリハ!? ドラゴンに背中を向けるな!」
「みんな、この子たちを攻撃しちゃだめ!!」
顔を青くするディアラントに対し、キリハは負けじと声を張る。
そして、剣を構えようとする皆にこう言い放った。
「この子たち、壊れてない!」
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