第1章 《焔乱舞》の静まり
緊急事態
「んー…。なるほど。」
出動中の車の中で資料を睨んでいたディアラントは、彼にしては珍しく難しげな顔をして、資料を放り投げた。
伸びをして体をほぐすディアラントの膝から資料を取り上げ、キリハそれを覗き込む。
「二体同時かぁ…。これは手こずりそうだね。」
素直な感想を一言。
「それな。どう陣営を指揮すっかなぁ……」
大して深刻な空気を感じさせない軽さで呟くディアラントに苦笑しつつ、キリハは再度資料に目を落とした。
今回のドラゴンの出現地は、セレニア中央から南寄りにある町ヴァルドルだ。
最初のドラゴン討伐から十ヶ月ほど。
南中心に出現していたドラゴンは、徐々にその出現地点を北上させていた。
それはドラゴンの脅威が少しずつフィロアに近づいていることであり、これからは人が密集した場所にドラゴンが出てくる可能性が高くなるということでもある。
ドラゴン討伐に迅速化と効率化が求められるだけではなく、周辺住民や各地警察消防との強い連携が、より一層重要視されるところだ。
資料によると、住民たちの地下フィルターへの避難は完了しているとのことらしいが……
「誰も、怪我しないといいんだけど……」
資料に添えられた写真を見やり、キリハは不安げに呟いた。
写真に写るのは、大小のドラゴンが二匹。
小さい方はともかく、大きい方のドラゴンは過去最大級だ。
二匹で連携されたらひとたまりもないが、逆に二匹がバラバラに暴走してもらっても困る。
見るからに、苦戦を
「今回キリハには、
「そうだね。」
これまでの経験上、妥当な判断だろう。
キリハは素直に頷いた。
その時。
「ディア、まずい! 緊急事態だ!!」
車のスピーカーと耳元のイヤホンから、切羽詰まった声が響いた。
「!?」
途端に、車内に緊迫した空気が満ちる。
「どうしました、アイロス先輩!?」
さすがに慌てて、ディアラントがマイクに声を吹き込む。
「ドラゴンに逃げられた!」
「!?」
先遣隊代表であるアイロスからの報告に、ディアラントとキリハは息を飲んだ。
「逃げられたって……」
「ごめん。どうやら、今回のドラゴンは多少知性が残ってるらしい。小さい方のドラゴンの翼は潰したんだけど、大きい方のドラゴンがその子をくわえて逃げていったんだ。逃走方向は、ここから西方向のロッカ森林だよ!」
「ザーラさん!」
「分かってら!!」
ディアラントが叫ぶと同時に、車を運転していたザーラがハンドルを切った。
「進路変更だ! 二号車から四号車と弾薬班は、至急ロッカ森林へ。一号車と救護一班は、このままヴァルドルへ向かって先遣隊と合流。万が一に備えて、先遣隊とヴァルドルで待機! ミゲル先輩はヴァルドル側の指揮を、ジョー先輩はロッカ森林付近の市町村へ、緊急連絡と避難指示をお願いします!!」
「了解!」
「もうやってるよ!」
矢継ぎ早なディアラントの指示に、無線の向こうからミゲルとジョーがそれぞれ答える。
「ディア、聞こえる!?」
次に聞こえたのは、少年らしい高めの声だ。
「フール、どうした!」
ディアラントが即座に思考を切り替え、指示待ちの姿勢に入る。
「航空隊から連絡が入ったよ。アイロスからの報告どおり、どうやらドラゴンたちは、ロッカ森林を目指してるみたい。僕とターニャは航空隊と連携してドラゴンを追跡してるから、そっちは君に一任する!」
「オッケー、任せとけよ!」
緊急事態だというのに、ディアラントはその顔に笑みを浮かべてみせる。
「………」
そんなやり取りを聞きながら、キリハは静かに《焔乱舞》へと手を添えた。
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