続く崖っぷち

 エリクに抱かれたまま意識を失ったジョーは、そのまま緊急入院とならざるを得なかった。



 心臓が急に止まるようなことにはならなかったものの、意識が戻る気配は一向になく、バイタルが極度の衰弱状態に陥ってしまったからだ。



 すでに倒れているべきだったのに、その限界を何度も超えていた状態だ。



 このまま精神的なショックに引きずられて弱りに弱っていった結果、目覚めることなく命を失う可能性もゼロではなかった。



 ロンドを筆頭に、緊急要請を受けた医師たちによる懸命な処置が行われる。

 その騒ぎを後目しりめに、キリハはエリクとルカを連れて病室から撤退した。



 さらにそこで、たまたまエリクのお見舞いに来たミゲルと出くわしてしまったのだから大変だ。



 思わぬ邂逅に、緊急事態であることを露骨に顔に出してしまったキリハ。

 そしてこの場にジョーがいないことから、ミゲルは親友の身に何かが起こったことを察してしまったよう。



 結局、上手く取りつくろえないキリハに代わり、エリクが医者としての観点からジョーの容態を説明せざるを得なかった。



 あっという間に顔を真っ青にしたミゲルは、大慌てで彼の病室に向かおうとする。

 しかしそんな彼を、キリハは複雑な思いで止めるしかなかった。



 なんたって今の病室では、突然のことに動揺したケンゼルやオークスが、狂ったようにアルシードの名前を連呼している。



 ミゲルの気持ちは痛いほどに分かるが、あの場に彼を行かせてしまっては、ジョーの秘密をさらに広めることになりかねなかったのだ。



 面会謝絶でも構わない。

 とにかく今は、親友の近くにいたい。



 こちらの制止を振り切って走り去ってしまったミゲルを見送りながら、ケンゼルの電話を鳴らす。



 ケンゼルの代わりに出た部下にミゲルがそちらへ向かったことを伝えると、どうにか彼を病室の声が聞こえない範囲まで遠ざけるとの答えが返ってきた。



 ミゲルには本当に申し訳ないが、ジョーが秘密を知られたがっていない以上、彼の同意なしにそれを伝えることはできない。



 とはいえ、それが通用しない人間もいるわけだが……



 ひとまずはエリクの病室に戻り、サーシャとカレンを買い出しという建前でショッピングモールへと送り出す。



 そうしてルカ、エリク、自分の三人だけになったところで、現場を見てしまった彼らには全てを打ち明けた。



 彼の本当の名前はアルシードで、ジョーというのは十五年前に亡くなったお兄さんの名前であること。



 そして彼は十五年前、自分を裏切った兄の手引きによってテロ組織に拉致らち監禁された上に、その兄をテロ組織の人間に殺されていたこと。



「なるほど…。あの人が僕を助けてくれたのは……僕を、お兄さんみたいに死なせたくなかったからだったんだね。」



「嘘だろって思うくらい、状況が似てんな…。そりゃ、トラウマを刺激するには十分だわな……」



 話を聞いた二人は、深刻そうに表情を曇らせた。



 にわかには信じがたい話だったろうに、二人ともそれを否定するどころか、すんなりと納得していた様子だった。



「どうりで、ルカと被って見えたわけだ…。お兄さんの口から〝ごめんね〟って言われるのをずっと待ってるのに……あの人にはもう、そんな日が永遠に来ないんだね……」



 弟を持つ兄として、悲しいその事実をどう受け止めたのだろう。

 ジョーがいる病室の方向を仰いだエリクは、深い悲しみともどかしさをたたえて唇を噛んでいた。



 それから数時間後。



 ひと通りの処置とケンゼルたちの精神が落ち着いたことで、ミゲルや自分、処置の間に駆けつけてきたジョーの両親の入室が許可された。



「エリクの次は、お前かよ…。これのどこが、言う必要がない問題だって…? どうしてお前はいつも……なんでもかんでも、一人で抱えちまうかな…っ」



 深い眠りにつくジョーの手を握って、ミゲルは悲痛な声で嘆く。



 幼い頃から、ずっと親友として共に歩んできたのだ。



 悔しさと恐怖に身を震わせるミゲルは、エリクの時とは比べ物にならないほどに憔悴しょうすいしていた。



 そんなミゲルと長い付き合いであるジョーの両親は、真実を言えないもどかしさを噛み締めながら、親として子供を支えようと気丈に振る舞っていた。



 自分は、この場にはいない方がいいかもしれない。



 新参者の自分になんとなく疎外感を抱いて、キリハはそっとジョーの病室を後にした。





 本当は、ジョーから―――アルシードから、離れたくはなかったけれど……




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