聞きたかった言葉

「―――っ!!」



 まさかの事態に硬直するジョー。

 エリクはそんなジョーに構わず、彼を抱く腕に力を込める。



「どうしてですかね…。どうしてもあなたがルカと被ってしまって、単にお礼を言うだけでは我慢できそうにないです。」



 そう告げたエリクの手が、再びふわふわとした銀髪の上を滑る。



「ありがとうございました。それと……すみませんでした。」

「!!」



 なんで……

 なんで謝るんだよ。

 あんたと僕は、ほぼ無関係の他人だろうが。



 動揺を表に出さないことに精一杯で何も言えないジョーに、エリクは穏やかな表情と口調で続ける。



「ひどい顔色ですよ。呼吸も苦しそうですね。こんなに体調が悪いのに、無理に無理を重ねてしまって……」



「―――れの……」



 ふいに震える、紫がかった唇。



「誰の……せいだと思って…っ」



 何度も躊躇ためらいながら。

 ゆっくりと上がったジョーの両手が、エリクの服の胸元をぐじゃぐじゃに握る。





『よく聞きなさい。―――。』





 分かってるよ。

 同じ兄という立ち位置にいるとはいえ、所詮は他人。



 この人は〝お兄ちゃん〟じゃないんだ。



「………っ」



 奥歯を噛み締めるジョーは、エリクから離れようとして彼の胸を押す。

 しかし、一方のエリクは彼を離そうとしない。



 互いに病人だからか、その攻防戦にはなかなか決着がつかなかった。



「僕のせい、なのかな…? すみません。僕を助ける薬を作るの、そんなに大変でしたか?」



 違う。

 違うっての。



 成分が分かっている毒の解毒薬なんか、三十分もあれば余裕で作れるわ。

 僕が参っているのは、兄であるあんたが弟を裏切って笑ったからだ。



 当然、エリクがこんなことを知るわけがないのだけど、イライラしてたまらない。



 事情はともかく、僕があんたを嫌いだってことくらい察しろってば……



「……ごめん。」

「!!」



「ごめんね……こんなに苦しめてしまって。」

「………っ」



 だから、あんたは馬鹿なのかよ。

 それとも、見ず知らずの他人にこう言えてしまうくらいのくそ善人?

 天然の人たらしかよ。



「………」



 ふとその時、強張っていたジョーの体から力が抜けた。

 エリクを遠ざけようとしていた彼の手も、するりとそこから落ちていく。



「……ルカ君にも、ちゃんとそう伝えてあげたんでしょうね?」



 先ほどまでとは打って変わった静かな声で、ジョーはエリクに問いかけた。

 それに対する、エリクの答えは―――





「ええ、もちろん。目が覚めてすぐ、誰よりも一番先に抱き締めて、何度も伝えましたよ。」





 暴れる彼の胸を安堵させる、魔法の言葉だった。



「そう……それならもう………それだけで、いいですよ……」



 なんだか、一気に眠くなってきた。

 この人を拒絶するのも、虚勢を張って強がるのも億劫おっくうだ。





(ああもう、認めるよ…。僕はきっと……この言葉が聞きたかったんだ……)





 視界がぼやけて、まぶたが半分落ちる。



 エリクはちゃんと、ルカに真実を伝えられた。

 そしてルカは、エリクを憎まずに許すことができた。



 二人が寄り添ってここに現れたということは、そういうことなのだろう。



 それならもう、自分には何も言うことはない。





(お兄ちゃん……)





 瞼が完全に落ちて、視界が闇に染まる。





「ジョー…? ―――アルシード!!」





 懐かしい名前を呼ぶ声が、闇の向こうへと遠ざかっていく―――……




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