エリクの目的

 見たくない。

 お願いだから、早く出ていって。



 そう思っていたはずなのに、エリクの謝罪の言葉が聞こえた瞬間、無意識のうちに彼らを見てしまった。



 そして固く抱き合っている二人を見て……ふと、気が抜けてしまった。





(よかった……)





 どうして、そんなことを思ったのかは分からない。

 あの二人がどうなろうと、自分には関係ない話なのに。



『アルシードは、俺とルカに……自分と同じになってほしくなかったんだね。』



 ふと脳裏で木霊こだまする、数日前のキリハの言葉。



 まさか、本当に?

 自覚していなかっただけで、僕はそんなことを考えていたの?



 今さらそんな……馬鹿なお人好しみたいなことを?



 そんなわけない。

 僕はそんな人間じゃない。

 僕はそんな人間になりたいわけじゃない。



 必死に自分に言い聞かせるけど、目はあの二人から離れない。



 涙で濡れた二人の笑顔を見ていると、狂った呼吸がちょっとだけ落ち着くような気がして……





「―――っ!!」





 ふいに、ジョーはびくりと肩を痙攣けいれんさせる。



 キリハをなでながら会話を楽しんでいたエリク。

 そんな彼の目が、突然自分に向けられたのだ。



「………っ」



 反射的に、そちらから目を逸らす。



「ちょ……エリクさん、そっちは…っ」



 やにわに焦るキリハ。

 周囲も騒然とし、後ろから自分を支えていたオークスの手に力がこもる。



(なんで……なんで、こっちに来るのさ…?)



 耳から入る情報からそれを察し、ジョーは動揺するしかない。



 ちょっと待ってよ。

 こっちは発作と点滴のせいで、まともに動けないんだっての。



 焦る感情の中に、ギリギリで残っている意地と理性。

 それを総動員して、必死に呼吸を抑える。



「………」



 傍にエリクが立っても、ジョーは一切顔を上げない。



 他の皆が不安と緊張の面持ちで固唾かたずを飲む中、強行突破を敢行したエリクは、ジョーに手を伸ばす。





 そして―――まるで壊れ物に触れるように、ジョーの頭にそっと手を置いた。





「!?」



 そのまま優しく髪に指を通されて、ジョーは驚きの表情でエリクを見上げる。



「やっぱり、あなただったんですね。」



 真正面からジョーの顔を見たエリクは、とても嬉しそうに目元をなごませた。



「驚かせてすみません。実は、キリハ君だけじゃなくて……あなたに会うために、無理を通してここに来たんです。」



「僕……に…?」



 意味が分からない。

 ミゲルならともかく、自分と彼は指で数える程度しか対面したことがないのに。





「あなたですよね? 僕を救ってくれた―――銀と青の、冷たい神様は。」





 エリクが断定口調で問うと、それを知らなかった面々が驚愕と動揺の顔でジョーに注目する。



「………」



 ジョーは何も言わず、皆の視線を嫌がるように顔を背けるだけだった。



「ジョー……君、本当に…?」

「間違いないと思いますよ。」



 なかば茫然として訊ねるオークスに、エリクは自信を持ってそう言い切った。



「実は、ミゲルとレナルト先生に話を聞いて、あなたと神様の容姿がピッタリと一致することは確認してあったんです。毒の情報を簡単に探り出せて、その場で薬を調合できるほどの技術力をお持ちだという特徴もね。監視カメラに映像でも残っていればもっとお話が早かったんですけど、どうして消しちゃったんです?」



「………」



 ちょっと、ちょっと。

 この人、つい数日前に意識を取り戻したばっかりだよね?



 なんでものの数日で、監視カメラまで確認できてるわけ?

 まさかこの人って、僕と同じで常に使える手足を確保してるタイプ?



 ズバズバと状況証拠を並べられ、ジョーは内心で大混乱。

 そこで息をついたエリクは、ふとある一点を仰いだ。



「というか、ルカ…。カレンもサーシャちゃんもそうだけど、なんでみんなの方が気付かないの? 僕はレナルト先生の話を初めて聞いた時点で、普通にこの人だと思ったのに。」



「だってそいつ、損得勘定なしに他人を助ける奴じゃ―――」

「ルカ! 失礼!!」



 素直に思ったことを告げたルカに、キリハが非難めいた声をあげる。



「あはは…。ミゲルが普段から、見た目と正反対で素直じゃない親友だと話してましたけど……なんか、ルカ張りにひねくれた性格をしてそうですね?」



「あの……」

「はい?」



「いつまで、他人ひとの頭をなでてるつもりですか?」

「あ…」



 ジョーの指摘でそのことに気付き、エリクが慌てて手を引っ込めていく。



「すみません。なんか、驚いて僕を見たあなたが……ようやく僕に構ってもらえた時のルカに似ているような気がして、つい。」



「………っ」



 ドキリと心臓が跳ねる。

 その動揺を悟られたくなくて、ジョーはまたエリクから顔を逸らした。



「で? まともに動けもしないくせに、僕にお礼を言うなんて無駄なことのために、わざわざここに来たんですか? それならもう結構ですから、さっさと戻って寝たらどうです?」



 お願い。

 お願いだから、早く消えて。



 震えそうになる声を必死に平坦に保って、厄介払いの言葉を口にする。



「うーん……やっぱり、すみません。」



 困った表情で頬を掻いたエリクは、ジョーの傍に腰かける。





 そして次に―――先ほどキリハにそうしたように、ジョーの体を優しく自分の胸に抱き寄せた。




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