依存と紙一重の好意

「おい。」



 夜の暗がりに沈む廊下を歩いていると、その途中でルカが待ってくれていた。



「お前、今夜はどうすんだ? レイミヤに帰るのか?」

「いや…。電車はもうないし、車を運転する気力もないし、それに……」



 今しがた歩いてきた廊下を振り返るキリハは、切なげに目元を歪める。



「アルシードがあんな状況で……ここを離れたくない。」



 それが、今はレイミヤに帰りたくない一番の理由。



「お前、いつの間にあの真っ黒野郎とそこまで仲良くなってたんだ?」

「真っ黒野郎って……ルカ、相変わらずあだ名が乱暴だよ。」



「でも、事実じゃねぇか。」

「……まぁ、そうだけどね。」



〝真っ黒〟



 その言葉を脳裏でなぞりながら、キリハは苦しい胸を握る。



「だからだよ。真っ黒になって、救われないまま復讐のために生きてきた人だから……現金かもしれないけど、ディア兄ちゃんよりも大好きになっちゃった。」



「それ……お前の中で、ほとんど一番じゃねぇのか? なんでまた……」



 これには本気で驚いたのだろう。

 ルカが純粋な驚きでまぶたを叩いた。



「悪い? だって俺、ずっと我慢してるだけで……ユアンが止めてくれなかったら、とっくにアルシードと同じになってたよ。」



「!!」



 途端に強張るルカの表情。

 それを無感動に眺めていたキリハは、ふいに視線をそこから逸らす。



 ルカになら、まだ話せるか。



 月明かりに半身を照らされながら、キリハが見つめるのは闇の方。



「いいじゃん。ほむらの炎で、人間を裁いたって。焔が暴走してるのを見て……そう思っちゃったんだ。そんな俺を真正面から認めてくれるのは……家族を殺されてる、アルシードだけだよ。」



『今の君が、人間を信じられなくなる気持ちは分かる! だけど、それは君が本当に望むことではないはずだ!! 一時の感情に盲目になって自分を殺した子がどうなるか…っ。僕は、君にまでそうなってほしくない!!』



 自分を止めに来たユアンの言葉。

 今なら、あれがアルシードのことを言っていたんだと分かる。



 だけど……



「止められるわけないじゃん。許せるわけないじゃん。さすがに俺も……そこまで優しくはなれない。」



「………」



「よくない考えだってのは分かってる。こんな気持ちですがりついちゃだめだって。でも……今の俺は、アルシードが傍にいてくれなきゃやだ。」



 傷ついて痛くてたまらないところに与えられた、とびきり甘く感じる鎮痛剤。

 兄の仮面の下にいた彼は、自分にとってまさにそれだった。



 たとえそれが紙一重で麻薬だったとしても、今さらもう薬を飲む前には戻れない。



「アルシードは、俺の本音を笑って受け入れてくれたんだもん。朝になるまで、ずっと話に付き合ってくれた。他の話なら、いくらでも話せる人がいるけど……この真っ黒な気持ちだけは、アルシードとしか分かち合えない。そんな人を、失いたくないよ。」



 君の復讐心なんて、まだまだ可愛い。



 ちょっと見下すように笑い捨てながら、アルシードは自身がどうやって裏の世界を生き抜いてきたのかを話してくれた。



 裏の世界には、まともな法律なんてないから。



 あらかじめそう前置きはされたけど、言葉も出なくなるほどにえげつない。

 確かに自分が可愛いレベルに思えるくらい、非道な人間ばかりがごろついていること。



 呆気に取られてドン引きしながらも、彼の話を聞くのは楽しかった。

 そして、嬉しかった。



〝周りはもっとどす黒い闇ばかりなんだから、そんな可愛い闇くらいは、恥じるものでもなんでもない。〟



 あれはアルシードだから贈ることができる、最上級のなぐさめだったのだから。



「……そうか。」



 しばらくの沈黙の後、ルカは静かにそう言うだけだった。



 ここは、否定も肯定もするべきじゃない。



 人間に対する憎しみに同意はできるけど、理不尽に奪われた家族に二度と会えない苦しみには、共感するのも限界があるから。



 彼が思っているのは、そんなところだろうか。

 ルカなりの優しさを感じて、キリハは微かに口の端を上げた。



「そういうことなら、オレんとこに泊まりに来い。」



 やれやれと息をついたルカは、次にそう提案してくる。



「いいの?」



「他にどこに行く気だったんだ? もう家には話してある。今頃お袋が、超ご機嫌でご馳走を作ってるよ。」



「え、なんで…?」



「知らん。それに、最近シアノもよく泊まりに来てるから、あいつにも顔を見せてやれ。」



「シアノが?」



「別に変なことじゃねぇだろ? こう言うのもむずがゆいが、あいつはオレが大好きじゃねぇか。兄さんのことでごたついてる時に、オレが心配だって病院まで来たから、それからよく泊めてるんだよ。」



「なるほどね。」



 なんとも想像しやすい流れだ。

 シアノにほだされて、ルカもシアノをかなり可愛がっているみたい。



「じゃあ、お言葉に甘えちゃおっと♪」

「おーおー。さっさと来い。」



 指でくいっと進行方向を示したルカは、こちらを先導して歩き出す。





「オレも、ちょうどお前に渡したいもんがあるからな。」





 振り返り様、そんなことを言いながら―――


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