実を結んでいた自分の行動

 自分の正面。

 そこでは一人の少年が、じーっとこちらを見つめていた。



「おおっ、びっくりした。カミル……」



 暗くなりかけた表情を改めて微笑んだキリハは、ふわふわとした髪をなでる。



「お兄ちゃん、悲しいの?」



 開口一番にずばり核心を突かれ、キリハはとっさに答えることができずに固まった。



 まったく、子供の洞察力は侮れない。

 無邪気に痛いところをつついてくるから、時々こうして返答に困る瞬間があるのだ。



「なんでもないよ。」



 再度笑みを繕い、キリハはカミルに答えた。



「そうなの?」

「うん。」

「ふーん。」



 カミルは特に疑うような素振りは見せず、ただ不思議そうに首を傾げるだけだった。



 情けない限りだ。

 こんな小さな子に心配をかけるようではいけないというのに。



 しかし、こういう時にどうすれば上手く立ち回れるのか分からないのだ。

 レイミヤで過ごしていた時は、悩みとはまるで縁がなかったからかもしれない。



 正直な心境と言うと、悩んでいる自分に自分自身が一番戸惑っている。



(だめだな、俺……)



 自己嫌悪しそうになって、慌ててその思考を振り払う。

 こんなことでは、またカミルに何か言われてしまうではないか。



「ねーねー。」



 カミルが服の袖を引っ張ってくる。

 それに内心でどきりとしたが、カミルが言ってきたことはこちらが危惧するようなものではなかった。



「お兄ちゃん。メイア君やレイ君って、今度いつ来るの?」

「へ? あ、ああ……いつかなぁ?」



 キリハは腕を組んで考える。



 メイアやレイというのは、レイミヤの孤児院にいる子供の名前だ。



 中央区の子供たちの認識だけでも変えようという作戦は今も継続中で、月に何度かは孤児院の子供たちを呼んで、中央区の子供たちと交流させている。

 その中で、カミルはメイアやレイと仲良くなったのだろう。



「ごめん。まだ決まってないや。」



 最近は自分のことで頭がいっぱいで、すっかりレイミヤの人々と連絡を取ることを忘れていた。



 カミルはキリハの言葉を聞くなり、しゅんとうなだれる。



「そっか…。早く会いたいなあ……」

「えっと……その……メイアやレイと遊ぶの、楽しい?」



 あまりにもカミルが落ち込むので、キリハはそう問いかけてみる。

 すると。



「うん!!」



 カミルは表情を一転させ、満面の笑みを浮かべた。



「二人ともね、チャンバラすっごく強いんだよ! それに、サッカーとかも上手いの。ぼく、メイア君とレイ君と遊んでる時が一番楽しいんだ!! 他の子たちは、ゲームばっかりなんだもん。」



 活き活きとしたカミルの言葉。

 それは今の自分にとって、何よりも嬉しい言葉だった。



 だってこの言葉は、今までの自分の行動が確実に意味をなしている証拠。

 カミルの世界や価値観が、少しずつ変化してきているということなのだ。



 子供たちに世界が変わるきっかけを与えられればいいと思っていたが、こんなに早く直接的な変化を見ることができるとは。



「ごめんね! すぐに連絡して、早く連れてくるから。」



 悩みが嬉しさで吹っ飛んで、キリハは思い切りカミルの頭を掻き回した。



「よし、今日は代わりに俺が遊んであげるよ。」

「ほんと!?」

「ほんと、ほんと。」



 期待のこもったカミルと目を合わせ、キリハはにかっと笑う。



「うっし、遊ぼう!」



 大声を張ると、遠目にこちらを見ていた他の子供もピクリと反応する。



「ほら、みんなも。」

「ええーっ!」



 巻き添えをくらった中学生たちは、露骨に面倒そうな顔をする。



「たまにはいいじゃん。ここにいるってことは、どうせ暇なんでしょ?」



 とは言うものの、別に強制するつもりはないので、キリハは今か今かと待っている子供たちの元へと駆けていった。



 有名であろうがなかろうが、こういう幼い子供たちの態度はそう変わらないものだ。

 周囲の態度の変化に参っている今は、そのことが何よりも嬉しくて、癒しにもなった。



 心配をかけるべきではないと思っておきながら、結局は子供たちに救われている状況なのだが、彼らも楽しそうだし、おあいこということで納得しよう。



 時々取れそうになるフードを気にしつつも、キリハはレイミヤでも日々を思い起こさせる時間に没頭していくのであった。


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