この変化を生んだのは―――

 それから、しばらくの時間が過ぎ……



「おい。」



 ふと、明らかに子供のものではない声が耳朶じだを打つ。

 それが、キリハを現実に引き戻すきっかけとなった。



「あ、ルカ兄ちゃん。」



 カミルが目を丸くする。



「ここは、保育園か何かか?」



 子供たちに囲まれているキリハを見るルカは、なかば呆れ顔だ。



「どうしたの?」



 いつもどおりのルカの厳しい口調には触れず、キリハはそう訊ねる。



 ルカがわざわざここに来るとは珍しい。

 もう、行動を共にしろという命令は解かれたはずだけど。



「どうしたもこうしたも、お前を回収しに来たに決まってるだろう。」



 近づいてきたルカは、ぐいっとキリハの肩を掴んでその耳元に口を寄せる。





「周りを見ろ。そろそろ、離れないとまずいぞ。」





 ルカが何を意味して言っているのかは明確だ。

 指摘されて、キリハはハッとして視線だけを巡らせる。



 人が集まってきていた。

 おそらく、コンビニにいた中学生たちや通行人が、さらに人を呼んだのだろう。

 まだ人だかりにはなっていないが、それも時間の問題かもしれない。



「ちょっとは警戒しろ。お前は甘いと、何度言わせる気だ。」



 冷たく言い放ち、ルカはキリハの二の腕を掴んでずんずんと歩き始める。



「あ……じゃあね、みんな。気をつけて帰ってね。」

「もたもたするな。」



 別れの挨拶すらさせない勢いで腕を引かれているので、それだけしか言うことができなかった。



「どけ。見世物じゃない。」



 集まっていた人々にルカが威圧感たっぷりで言い、問答無用で人の間を縫っていく。



 いくらなんでも、見ず知らずの人たちにその言い方はない。



 ルカに一言物申したくなったが、顔を上げれば途端に好奇の目にさらされる。

 故にキリハはフードを引いて顔を隠し、ざわめく人々の中を逃げるように進むしかなかった。



 ルカはまっすぐには宮殿に向かわず、何本もの裏道を使って大きく迂回した。

 そうしているうちに人の数は減っていき、やがていつもの落ち着いた雰囲気の通りに戻った。



 そこでようやく息をつき、ルカはキリハの腕を離す。



「ごめん…。ありがとう。」

「謝るくらいなら、宮殿で大人しくしてろ。」



 返す言葉もない。

 キリハは黙り、先を行くルカについていく。



み嫌われる存在が一転、今はヒーロー扱いか。本当に、都合のいい奴らだ。」

「………」



「こんなことなら……《焔乱舞》なんて、なければよかったんだ。」

「………」



 キリハはただ黙し、憎々しげなルカの言葉を聞く。

 否定できなかったのだ。



 ドラゴンの覚醒と《焔乱舞》の出現をきっかけに、世間の自分に対する評価や態度は変わった。

 しかし、だからといって竜使い全体への態度が変わるかと言えば、それは違った。



 だからこそ、この世間の反応は、自分とルカの間に小さな歪みを生み出している。



「………」



 キリハは目を伏せて眉を下げる。



 一緒に歩いているのに、どうしてこんなに遠く感じるのだろう。

 まだ互いに無視し合っていたあの時の方が、ルカの存在を身近に感じられていた気がする。



 それだけじゃない。

 同じ竜使いでありながら、自分と他の人々とでは、もはや立っている位置が違いすぎた。



 世の中は自分を褒め称える一方で、相も変わらず他の竜使いをさげすむ。



 同じであるはずなのに……



 変だよね、と。

 少女は言っていた。



 彼女の言う〝変〟とは、竜使いを嫌うはずの同級生が、わざわざ中央区にまで来たことだろうか。

 それとも、竜使いの中で特定の人だけが、差別的な視線を向けられないことだろうか。



 では、その〝変〟を生んでしまったのは何なのだろう?





(俺が、ほむらを取らなければよかったのかな…?)





 そんなはずはない。

 《焔乱舞》がドラゴン討伐に与える恩恵は巨大なもので、《焔乱舞》があるからこそ、今まで一人の死者も出すことなく事が運んでいるのだ。



 紛れもなく現実はそうなのに、心はきしんで、《焔乱舞》の存在と《焔乱舞》を掴んだ自分を責めようとする。

 そんな自分の心を振り切ろうと必死に今までの生活にしがみついても、現実は容赦なく自分を泥沼の中へと突き落とす。



 これまでの生活を維持しようともがくほど、自分が今までに戻れないことを思い知らされるようだった。



 自分の意志で手にしたはずの《焔乱舞》。

 でも今は、その意志もあやふやだ。



 どうして、こんなことになってしまったのだろう。

 答えなど出るはずもない問いだけが、ぐるぐると頭の中を巡る。



「………っ」



 キリハはぐっと唇を噛む。





 今はただ、自分と他の間にできてしまった温度差に、心が凍えてしまいそうだった。




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