頼れる相手は―――

 その後、ある程度ベルリッドの話に付き合って、彼女とは問題なく別れた。



「―――っ」



 リビングに駆け込みながら、もつれる指で封筒を開く。



 中から出てきた写真。

 それは、今までとはまた違っていた。



「これ……ルカのお母さん…?」



 キリハは顔をしかめる。



 最近会ったばかりなのだから、間違えるはずがない。



 だけど、どうして彼女が?

 彼女とは数回会った程度で、特別親しいというわけでもないのに。



「レクト……レクト!」



 不安を抑えきれず、この件を唯一知っている相手に呼びかけていた。



「……ん? 呼んだか?」



 運がいいことに、比較的すぐにレクトが応えてくれた。



「これ…」

「やれやれ、またか……ん? 誰だ、これは? 初めて見るな。」



「ルカのお母さんなんだけど……この間会ったばかりだから仲良しってわけじゃないし、意味分かんなくて……」

「ルカの母親…?」



 それを聞いた瞬間、レクトの声がトーンを下げた。

 しばしの無言。



「―――まずいな。」



 そう告げた彼の声は、本当に深刻そうだった。



「まずいってどういうこと? どういう意味なの!?」

「落ち着け!」



 叱るような勢いでたしなめられ、条件反射で口をつぐむ。



「とりあえず、その部屋を出て別の場所に向かえ。十中八九、室内の様子は監視されている。」

「!?」



 そう言われてしまえば、これ以上は反論もできなかった。



 ひとまずはレクトに言われたとおり、部屋を出る。

 とはいえ、宮殿内に犯人や共犯者がいる可能性がある以上、どこで話せばいいのか分からない。



 悩んだ結果、地下の駐車場に舞い戻って車を走らせるしか、思いつく方法がなかった。



「……で、どういうことなの?」



 地下高速の路肩に車を停め、レクトに再度問いかける。



「おそらくは、この前の私たちの会話を聞かれたのだろう。犯人のターゲットが広がったようだ。」

「広がったって……だから、どういう意味? はっきり教えてよ!」



 あまりにももどかしくて、気持ちばかりが空回ってしまう。



「一応、あくまでも私の推測だと前置きしておこう。」



 最初にそう告げて、レクトはこの写真に込められたメッセージを語った。



「……このことを誰かに話せば、話を聞いた相手の大事な人間も危険にさらす。」

「!?」



「そしてお前なら、相談相手として真っ先にルカを選ぶだろう。それも知っているという意味だ。」

「そんな……」



 もはや、うめき声しか出てこなかった。



 どうしよう。

 これで、ルカには相談できなくなった。



 ルカからお母さんを取り上げたくない。

 肉親を理不尽に奪われるのは、本当につらいんだ。



 他の人に話そうとしても、きっと今回のように犯人のターゲットが広がるだけ。

 それなら……



「レクト……レクトにだけなら、相談してもいい?」



 犯人のターゲットになりえない彼しか、頼れる相手がいないじゃないか。



「お前、まさか口を閉ざすつもりか?」

「……うん。」



 レクトの問いに、キリハは素直に頷いた。



「悪いことは言わん。ここまできたら、素直に誰かに相談しろ。」



 どこか焦った様子で、レクトはそう言ってくる。



「分かるか? この前とは状況が違うのだ。犯人はもう、お前が自分を意識したことに気付いてしまった。これからは、要求がエスカレートするとしか思えん。黙ってやり過ごせるレベルは通り過ぎたのだぞ?」



「だけど……でも…っ」



 ハンドルを握り締めるキリハの顔は、泣き出す一歩手前だ。



「嫌だ……誰かの家族が巻き込まれるなんて、考えたくもない…っ」



 レクトが言うことも分かる。

 だけど、この気持ちは理性でどうにかできるものじゃない。



 誰かに自分と同じ気持ちを味わわせるくらいなら、自分だけでこの苦しみを抱え込んだ方が何倍もマシだ。



「……どうしても、言う気はないのか?」

「うん。もう……無理。むしろ、誰かに話す前でよかったよ。」



「だが……」

「レクトだって言ってたじゃん。近くにいる人を守ってる間に、遠くにいる人が危なくなるかもしれないって。」



「それは……」



 痛いところを突かれたのかもしれない。

 途端に、レクトが意見することをやめた。 



「……分かった。お前の意思を尊重しよう。ただ、私は事件を直接解決はできないぞ?」

「話を聞いてくれるだけでいい。思わずルカとかに言っちゃう前に、レクトに吐き出させてくれれば……」



「……よかろう。」



 本格的にレクトが折れたのが分かって、少しだけ気が抜けた。



 そうだ。

 話を聞いてくれる誰かがいるだけ、状況はまだいい方。

 こうなったら、犯人に直接会えるまで要求をエスカレートさせて、思い切りぶん殴ってやる。



「ありがとう……」



 自分の口から零れる吐息。

 それは、自分でも分かるくらいに震えていた。


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