新たな経路

「あ、キリハさん!」



 宮殿本部の駐車場に車を停めて、自室がある階でエレベーターを降りた時、少女の声が自分を呼んだ。



「あれ、ベルじゃん! 久しぶり!!」



 相手を確認したキリハは、嬉しげな笑顔を浮かべた。



 宮殿に召集された当初、ララと同じく竜騎士隊のお世話係として働いていたベルリッド。



 半年ほどはいつも顔を合わせていた彼女だが、家庭の事情で住み込みが難しくなり、別の担当に異動となったのだ。



 彼女と会うのは、もう二ヶ月ぶりくらいだろうか。



「どうしたの? 仕事は大丈夫?」



「はい! 今日の午後はお休みなんです。最近どうですか? ちゃんと食べてます? ルカさんは変に絡んできませんか?」



「あはは。まだルカのことを目の敵にしてるよ。」



「そりゃそうですよ。キリハさんが神様級の心の広さで受け入れてくれたからこそ、あの人はまともになれたんです。これで今でもキリハさんにいちゃもんをつけてるようなら、今度は私が引っ掻いてやります!」



 ルカに八つ当たりをされた恨みは忘れていないのか、ベルリッドは憤然とした様子で引っ掻く動作をしている。



 その姿には、笑うしかなかった。



「いちゃもんどころか、今のルカは俺のことを一番気遣ってるくらいだけどね。」

「それが余計に腹立たしいんです! できるなら、最初からやりなさいっての…っ」



「そう言われちゃうと、俺にはルカをかばえないなぁ…。もういっそ、一回引っ掻いてすっきりしちゃう?」

「そうですね。考えておきます。」



 そんなことを言いながら、絶対にしないくせに。

 まあ、だから自分も冗談でこう言えるのだけど。



「それにしても、会えてよかったです。ララにキリハさんは休みだって聞いて、どうしようかなと思ってて。」



「え…?」



「実は、キリハさんに渡したいものがあったんです。」



 言いながら、かばんを漁るベルリッド。



「―――っ!?」



 そこから表れたものを見たキリハの顔から、ざっと血の気が引いていった。



「これ……誰から渡されたの!?」





 ベルリッドが差し出してくるのも待てず、彼女の手首ごと―――淡い紫色の封筒を掴む。





「えっと……竜使いの子供から……」



 戸惑いながらも、ベルリッドはそう答えた。



「竜使いの、子供…?」

「はい。」



 おうむ返しに問うと、ベルリッドはこくりと頷いた。



「一昨日くらいだったでしょうか。家に帰ろうと搬入口から出たら、何人かの子供たちが向かいの歩道でそわそわとしてて…。もしかしたらキリハさんに用があるのかなと思って、声をかけたんです。日暮れも近かったし、中央区の外は危ないですから。」



「それで……これを俺にって?」



「ええ。〝誰からなの?〟って訊いたら、内緒だって言われました。」



「そう……」



 ベルリッドの手から封筒を取り上げ、キリハは眉を寄せる。



 今までは郵便受けに手紙を入れてくるだけだったのに、どうして急に人伝ひとづてに手紙を?

 しかも、わざわざ竜使いの子供たちを搬入口に向かわせるなんて。



 あそこは業者しか使わない、宮殿で最も出入りする人が少ない場所だ。



 中央区が目と鼻の先で誰も近寄りたがらず、業者にとっては人の往来を気にせずに作業ができる便利な場所となっている。



 それが自分にも都合がよくて、中央区に行く時や人目をけて外出したい時によく使っている。



 自分以外だと、帰宅時に荷物検査で長蛇の列に並ばずに済むということで、ベルリッドを始めとする、自分から情報を聞いている数人が抜け道としてこっそりと使っているくらいか。



 人が殺到したら抜け道の意味がないので、自分もベルリッドたちも、搬入口の便利さは滅多に教えない。



 つまりあの場所は、業者を除けば自分と関わりがある人間しか通らないのだ。

 そこに竜使いの子供が訪れたら、自分と仲がいい人なら絶対に気にかける。

 まさに、今目の前にいるベルリッドのように。



 犯人はそれを知っていて、あえて子供たちに手紙を託したのだろうか。

 一体、どこまで自分の行動特性を知られているのだろう。



 レクトの話を聞いて、この手紙への認識が変わったからか、今はこの手紙がただただ気持ち悪い。



「………」



 キリハは一度瞑目。

 そして、パッと表情を明るくした。



「ありがとね。差出人は知ってるから大丈夫。それにしても、なんで子供に手紙なんか渡したんだろ…? ポストに入れてって頼んだのに…。おかげで、びっくりしちゃったよ。」



「あら、以前からやり取りがある方なんですね。お知り合いなら、メッセージでやり取りした方がよくないですか?」



「そうもいかないらしいんだ。データに残ると、ハッキングされた時に厄介とかで。」



「ハッキングって……」



「ジョーを見てると、ハッキングの怖さが嫌でも分かるよ。まさか、メッセージ一つすら気にする生活になるなんて、レイミヤにいた時は想像もしなかったな……」



「さすがは宮殿本部……殺伐としてるんですね……」



「ディア兄ちゃんが敵だらけなのがいけないんだ。」



 今は死ぬ気で隠せ。



 これまで送られてきた写真に、ベルリッドは写っていなかった。

 ということは、彼女はまだ犯人のターゲットじゃない。



 これ以上巻き込んだら、彼女が危険だ。



 必死に自分へと言い聞かせ、強張りそうになる顔に笑みを張りつける。



 火事場の馬鹿力なのか、言い訳の方向性には困ることなく、今までの経験から手紙に繋げられる話がぽんぽんと出てくる。



 それが功を奏してか、ベルリッドはこちらを不審がらなかった。



「んー…。いつも手紙を届けてくれる方が、捕まらなかったのかもしれないですね。」



「………っ。たくさんの人には手紙のことを知られたくないって言ったのは、あっちのくせに…。申し訳ないんだけど、ベルもこのことは秘密にしといてね?」



「はーい。」



 快く了承してくれたベルリッドに、少しだけほっとする。

 しかしそれと同時に、安堵を遥かに上回る不安が脳裏を侵食していく。





 いつも手紙を届けてくれる方が―――





 先ほどのベルリッドの発言が、自分の認識を塗り替えた。



 そうか。

 宛名のない手紙を自分に届けられるということは、手紙を運ぶ人間は手紙のことを知っているはず。



 ―――ということは、宮殿内に犯人か共犯者がいるのだ。



 そう考えるなら、一番怪しいのは総督部。

 しかし彼らが相手なら、自分が異変に気付く前にディアラントやジョーが処理したはず。



 事実、前にこんなことがあったんだと、ダークモード全開になった二人から報告を受けたことがたくさんあるのだから。



(一体、誰なのさ…っ)



 とにかく今は、ベルリッドをごまかすのが最優先。

 ひと思いに手紙を握り潰したくなる衝動をこらえ、笑顔を保つことに全神経を注ぐしかなかった。


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