募っていく不安

 聞こえるのは、苦しみにもだえる必死な声。

 それを見ないように目を閉じる。



 どうして……

 早く、君は……



 苦しみに紛れる声を聞かないように、強く耳を塞ぐ。



 こんな声、聞きたくない。

 本当は……



 そんな心の叫びに、一生懸命ふたをする。



 どのくらいそうしていただろう。

 急に、物音がなくなった。



「お体はいかがですか?」

「ああ、問題ない。」



 静かに落ち着いた声音で、目の前の二人が話をしている。



「しかしまあ、本当によく粘る。」



「まったくです。色んな人にこの薬を使ってきましたが、こんなに長く摂取させても言いなりにならないとは…。大した根性ですよ。」



「おかげで、なかなか私が表に出てこられないじゃないか。」



「そんなに機嫌を悪くしないでください。薬の濃度をじわじわと上げて、依存性を高めているところなんです。急に上げると、さすがに殺してしまいかねないので。」



「ふむ……致し方ない。殺しては、元も子もないからな。」



「はい。正直、彼がここまで便利だとは思っていませんでしたよ。あの子の情報を買って正解でした。」



「そうか。じゃあ、少し席を外せ。貴重な情報を持っているというそこの子供と、私も話をしてみたい。」



「分かりました。」



 二人の内の一人が、部屋を出ていく。



「―――ふぅ…」



 他人の気配が十分に遠のいたところで、彼が息を吐いた。



「やはり、急速に血で支配するのは抵抗が激しいな。先にあいつを味方に回して血を流し込ませておいて正解だった。シアノ、あれを。」



「はい。」



 頷いたシアノは部屋の隅から立ち上がり、かばんに入れておいたボトルを渡す。

 それを受け取ったレクトは、ボトルの中に満たされた自身の血を一気に飲み干した。



「これで、また一段階操りやすくなるだろう。」

「父さん……」



 レクトを見つめるシアノは、今にも泣き出してしまいそうだった。



「キリハみたいに……エリクも、お話しして仲間にできないの…?」

「ふむ…」



 その問いかけに、エリクの肉体を乗っ取ったレクトは少し悩む。



「厳しいかもしれんな。」



 開口一番の答えは、絶望的といえるもの。



「しばらくこやつの視界を盗み見たが……こやつが私たちに協力して、人間を滅ぼすとは思えん。そんなことができるなら……医者などやっておらんだろう。」



「………」



 シアノは思わず、床に視線を落とす。



 何も言えない。

 話し合いで仲間にできないかとは言ったものの、自分も彼が協力してくれるとは思わない。



 だって……彼はきっと、人間が大好きだから。



「もう少し、様子を見させておくれ。可能な限り、殺さずに済む方法を探してみるから。」



「うん…」



「それと、あいつが近くにいる場では、私を父さんと呼んじゃだめだ。あいつには、秘伝の麻薬を使った催眠術で都合よく形成した別の人格だと言ってあるのだから。」



「ごめんなさい……」



 レクトの言葉に、シアノは素直に頷く。



 エリクは殺さないようにする。

 優しい父は、自分がエリクを好きなのを分かってくれて、可能な限りの手を打ってくれている。



 だけど……



「………」



 どうして、心に渦巻く不安と恐怖は増していく一方なんだろう……


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