すれ違う想い



「―――いいよ、別に。」





 ふと、キリハの声がすっと落ち着いた。

 それに、フールは慌てて顔を上げる。



 こちらを見つめる双眸。

 それは声と同じように、静謐せいひつな雰囲気をかもし出している。



「どうせ、これが初めてじゃないもん。他人に理解されないのなんて、もう慣れっこだ。フールがなんと言おうと、俺はレクトを信じる。」



「―――っ!?」



 キリハの宣言に、落雷のような衝撃が走る。



 その姿は……

 その眼差しは……



『誰に責められてもいいの。私はあの人を変える。そうじゃないと、誰も救われない。本当の意味で、争いの終わりなんて来ないの。』





 脳裏に揺れるのは、記憶の奥底に閉じ込めたはずの面影―――





「だめ……だめだよ、キリハ……」



 お願いだ。

 その道へは進まないでくれ。





 その道は―――かつてのシアノと同じ道なんだ。





 一番訴えたいことは、過去と現在の重なりのせいで音にならない。



 どうにかしなきゃ。

 どうにかして、キリハをこちら側に引き戻さなければ。



 深みにはまり込む前に。

 優しいこの子が、めちゃくちゃに傷つけられる前に。



 シアノと同じように、自ら命を絶ってしまう前に……



「なんで……」



 この際、無様でもなんでもいいから―――



「なんで、そこまでレクトを信じるんだ!? 君は、あいつが過去に何をしたと―――」



「ドラゴン大戦を引き起こした。」

「………っ!?」



「そして、一人の女の子を死なせた。……そう言いたいの?」

「―――っ!!」



 現実を突きつけて、レクトに向かう気持ちを踏みとどまらせよう。

 その魂胆は、一瞬のうちに水の泡となる。



「全部、レクトから聞いたよ。俺はその上で、レクトに友達になろうって言ったんだ。」



 あくまでも静かなキリハの瞳。

 その瞳は、とある誓いを立てた日のディアラントを彷彿とさせる。

 それ故に、分かってしまった。



 この子は、理想論だけで闇雲にレクトを信じているんじゃない。

 レクトと関わるリスクを承知した上で、己の全てを彼にけようとしているのだと。



 そしてそう分かったからこそ、かけるべき言葉を見失ってしまう。



 変化をいとうレクトに、この変化を受け止めてほしくて。

 置き去りにはしないから、ゆっくりと新しい世界を見ていこうと、何度も語りかけては手を伸ばした。



 今のキリハの姿は、かつての自分やリュドルフリアと同じだから……



「どうして……」



 空気に溶ける声は、ほとんどかすれたうめきにしかならない。

 それを聞いたキリハの瞳が、鋭く光る。





「それを話して、フールは―――、納得する?」





 その問いかけは、天地を揺るがすような衝撃を追加してくる。



「―――っ!?」



 キリハを説得できる糸口を探そうとしていた最後の理性も、それで完全に吹き飛んでしまう。



 何も言えないフールをじっと見つめていたキリハは、ふいに小さく息を吐いた。



「やっぱり、フールがユアンだったんだね。それなら、色々と納得だよ。ほむらのこともドラゴンのこともよく知っているのは……ずっと、見てきたからなんだね。」



 前から想像していたとおり、キリハは自分がユアンだと知っても疑いはしない。

 あるがままの事実を、静かに受け入れるだけだった。



「ユアンが俺を止めたくなる気持ちは、分からないでもないよ。心配してくれてるんだってことも、ちゃんと伝わってる。」



「キリ……ハ……」

「でもね。」



 一度やわらいでいた声に、りんとした響きが戻る。



「ユアンと俺が見てきた世界は違うんだ。俺は自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の頭で考えた。だから、これは譲らない。」





 在りし日の自分やシアノを映すその決意が―――今はただ、胸に痛い。





 フールはゆるゆると首を振る。



「だから、騙されてるだけだって……」

「もしそうなら、俺が馬鹿だったってだけだよ。レクトのせいでも、ユアンのせいでもない。」



 これ以上の話し合いは無意味と判断したのだろう。

 一度目を閉じたキリハは、フールの隣を通り過ぎてリビングを抜け、ドアを開いた。



「キリハ!!」

「なんとでも言ってよ。」



 再三の呼びかけ。

 それを受けても、キリハは頑として譲るつもりはないようだった。



「俺だって、ユアンと同じなんだよ。」

「………っ」





「ユアンがもう諦めちゃってたとしても、俺は―――もう一度、ドラゴンと人間が一緒に歩める世界を創りたい。」





 去り際に告げられた、大きな夢。

 それを否定できる言葉なんか、自分にはなかった。


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