衝突の裏で―――

 キリハとフールが衝突を起こしていた一方。



 隣の部屋では、そこに押しかけたジョーと、とばっちりを受けた部屋のあるじであるルカが、話の一部始終を盗み聞きしていた。



「あらあら……フール様ったら、焦りすぎ。キリハ君に自分の正体がばれちゃったじゃないの。」



 壁から集音装置を外し、ジョーはおどけた口調でそんな感想を漏らす。



「つーことは、フールがユアンだっていうのは、本当なんだな……」



 ルカは辟易へきえきと溜め息をつく。



 まったく。

 突然インターホンを鳴らして、こちらがドアを開けるなり問答無用で上がり込んできやがって。



 何やら壁に機械をセッティングしたと思ったら、無駄に性能がいいスピーカーのせいで、自分までとんでもない話を聞かされるはめになったじゃないか。



 ……まあ、ジョーが一人で隣の会話を聞いたとしたら、結局どういうことかと問い詰めただろうが。



「あれぇ、案外冷静だね?」



 こちらの反応が意外だったのか、ジョーが無駄に可愛らしく目を丸くする。

 余計に溜め息をつきたくなった。



「まあ、想定の範囲内だったからな。現実的かっていう固定概念を取っ払えば、それが一番しっくりくる仮説だろ?」



「ふーん?」



 ジョーは意味ありげに語尾を上げる。



「君って固定概念の塊みたいな子だと思ってたけど、キリハ君の柔軟性でも移ったの?」



 その指摘に、ルカは思わず舌を打つ。



 本当にこいつは、いちいち嫌味な言い方をしないと気が済まないのか。

 キリハとは違う次元で、殴りたくなる奴だ。



 だが、キリハのように殴ったところで、この鉄壁の笑顔は崩せまい。

 こいつに効くのは別の切り口だ。



「頭が固くて悪かったな。そう言うお前は、固定概念とは違う何かで目がくらんでんじゃねぇか?」

「おや、君からは僕がそんな風に見えるの?」



「そうじゃなきゃ、にはならないんじゃねぇか? 竜使いでもねぇくせにな?」

「………」



 仕返しのつもりで吹っかけた言葉は効果抜群。

 一瞬でジョーの笑顔が消え去った。



 さて。

 多少溜飲も下がったし、これくらいにしておこう。



 火花が散る睨み合いをやめたのは、ルカが先だった。



「まあ、オレからはこれ以上突っ込まねぇよ。そこまでの目になる経緯なんざ、聞いたところで胸くそが悪くなるだけだろうからよ。」

「そう…。久々に堂々と喧嘩を売られたから、買ってあげようと思ったのに。」



「やめとくわ。さっきの突っ込みは、お前の嫌味に対する仕返しってだけだ。」

「つまんないの。」



「そう言う割には、動揺したくせに。」

「………」



 おっと。

 売り言葉に買い言葉で、余計なことを言ってしまった。



 このままでは、本気でこいつと全面戦争になりかねない。

 下手なフォローも逆効果だろうし、ここは手っ取り早く話題を変えるか。



 ルカは肩を落とし、すでに用意していた―――というか、本題だった話に切り込むことにする。



「で? あの馬鹿は、今度はどんな厄介事に首を突っ込んでんだ?」

「あらぁ? 聞きたい? ルカ君も一緒に、危険な綱渡りでもする?」



 瞬時に元の笑顔に戻るジョー。

 その清々しいまでの切り替えには何も触れず、ルカは肩を落とした。



「隣であんだけ騒がれりゃ、誰だって気になるだろうが。こんな話を聞けば、どのみちお前に話を聞き出しに行っただろう。とばっちりとはいえ、お前がオレんとこに来てくれたのはラッキーだったな。」



「ええー? ドラゴンに関する話なのに、僕に情報を求めてくるの?」



 口調こそふざけてはいるものの、ジョーは含み笑い。

 その笑顔の理由は言わずもがななので、ルカはしかめっ面で頬杖をつくだけ。



「アホか。お前とフールがつるんでるのは、とっくのとうに気付いてるからな?」

「……ふふ。さすがだねぇ。やっぱり君って、キリハ君以上に見所がありそう。」



 こちらを試した結果、満足のいく回答を得られたのだろう。

 ジョーはあやしく笑みを深める。



 こいつは、一体何を企んでいるのやら。

 こちらとしては、その笑顔が薄ら寒くて仕方ない。



「お前に気に入られると、やべぇ世界を見せられることになりそうで嫌だな。」

「弁護士なんかになったら、そのうち嫌でも見ることになると思うけどね。」

「……ま、確かに。」



 そう言われたら、反論できる言葉も情報もない。



 ルカは特に動じることなくそう言うにとどめると、ぐいっとジョーに詰め寄った。

 無言で彼の胸ぐらを掴んで引き寄せるが、彼は驚かずに〝何か?〟と眉を上げるだけだ。



「ここから先は取引だ。とりあえずお前は、オレの部屋を勝手に使った分の情報を吐いていけ。」

「ふふふ。いいよ?」



 ジョーの笑顔に含まれる妖しさが、どこか危険な甘さを伴う。



「特別に、この件についての情報は全部渡してあげる。君にはオークスさんの実験台になってもらいたかったし、ちょうどいいや。」



「……しゃあねぇな。聞いた情報次第で考えてやるよ。」



 互いに一線を保ったままの、協力とは言えない関係ではあるが……とりあえず、この場は取引成立である。


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