フールからの追及

 ベルリッドを介して手紙を渡された一件。

 それは思いのほか、自分を追い詰める強烈な一手となったようだ。



 募るばかりで減らない不安をどうにかしたくて。

 一人になるのが嫌で仕方なくて。



 心の隙間を埋めるように、暇さえあればレクトを呼び出すようになっていた。



 彼にも彼の生活があるので、毎回コンタクトが繋がるわけではない。

 それでも、ちゃんと声が届いた時には、レクトは時間が許す限り話を聞いてくれた。



 そして今夜も、レクトと他愛もない話をしながら過ごして終わるはずだった。



 穏やかな時間に終止符を打ったのは、インターホンの音。



「あれ…? こんな時間に誰だろ…?」



 時刻はもう夜の十時を回っているのに。

 疑問に思いながらも、キリハはドアへと向かう。



「フール…?」



 そこにいた相手に、キリハは小首を傾げた。



 急にどうしたのだろう。

 フールが訪ねてくるなんて、自分が生死の淵から抜け出してからは全然なかったのに。



「話がある。とても……とても大事な話が。」



 フールの口調は、やけに静かだった。

 普段のおどけた様子は消え失せ、正反対の殺伐とした、ただならぬ雰囲気が彼を包んでいるように思える。



「と、とりあえず……入る?」



 フールの雰囲気に気圧されて、ひとまずは彼を室内へ招き入れた。



「ねぇ、キリハ……」



 リビングに入ったところで、フールがうつむいたまま口を開く。





「君―――レクトの血を飲んだかい?」

「―――っ!?」





 単刀直入な問いかけに、とっさに言い訳することはできなかった。



 どうして、フールがそのことを?

 ルカにだって、レクトの血を飲んだことは言っていないはずなのに……



 おそるおそる、背後のフールを振り返る。

 何も言えずに顔を青くする自分に、フールは自身の推測に確信を抱いたようだった。



「飲んだんだね?」



 すっと。

 その声のトーンが零下まで下がる。



「………」



 それに答えられない自分にできたのは、彼から目を逸らすことだけだった。



「―――っ」



 しびれを切らしたフールが、あっという間に懐に詰め寄ってくる。



「この前帰りが遅くなった時、レクトに会ってたんでしょ!? 一体、あの時に何があったの!?」

「だ、だって、シアノがいたから……」



 その名前を口にした瞬間、フールが思い切り息を詰まらせたのが分かった。



 大きく全身を痙攣けいれんさせた彼は、先ほどまでとは比べ物にならない勢いで服を揺さぶってくる。



「まだあの子と関わってるの!? 関わるなって言わなかった!?」



「き、気のせいだって言ったのはフールじゃん!! それに、あんなに小さな子をほっとくなんて、俺には無理だよ!!」



 これにはカチンときて、フールに負けない口調で言い返すキリハ。

 自身もそう言った記憶がある手前、一瞬怯んだフールだったが、彼は追及の手を緩めなかった。



「言って! どんだけレクトの血を飲んだの!? 一ヶ月半前と先週で、少なくとも二回は飲んでるよね!? まさか、もう体の主導権を乗っ取られるまで飲んでない!? レクトの声は聞こえてるの!?」



「そ、そんなの分かんないよ……」



「分からなくなるくらいの量を飲んだってこと!?」



 切羽詰まるフールの声。

 その声から、彼が倒れそうなほどに顔を青くしていることが察せられるようだった。



 焦るフールは、噛みつく先を変える。



「レクト! どうせ、キリハの耳を借りて聞いてるんだろう!? 今すぐキリハから手を引くんだ!! 君はもう、人間に関わるな!!」



「―――っ!?」



 とんでもないフールの発言に、キリハは大きく目を見開く。



「ど、どうしてそんなことを言うのさ!?」



「当たり前だ! あいつが今さら、人間を大切にするわけがない!!」



「でも、レクトはシアノを守ってくれてるんだよ!?」



「それが、ただの善意なわけないだろう!? シアノもキリハも、自分のために利用するつもりでしかないんだ!! あいつにとって、人間はただの捨て駒だ!!」



「―――っ!!」



 衝動的に、キリハはフールを突き飛ばす。



(そんな、ひどいこと……)



 今まで、フールの言うことには全面的に従ってきた。

 彼の言葉は確実に自分を導いてくれるものだったし、自分も彼の言葉が正しいと思えたから。



 だけど―――そんな一方的な決めつけには、到底同意できない。



 そのセリフは、竜使いとして差別された経験がある自分が、一番嫌いなたぐいのものだ。



(レクト……何か言いなよ。俺が代わりに言い返すから。)



 ずっと黙っているレクトに、そう言ってやるが……



「言い返せる余地がないからな。」



 レクトは、ただ静かにフールの暴言を受け入れるだけだった。



「お前は言ったな。歴史の中でしか戦争のことを知らないから、皆がドラゴンを嫌うわけではないと。その理論で言うなら、彼は……実際に戦火をくぐり抜けてきた当事者だ。私を許せるわけがないだろう?」



(でも…っ。だからって、あそこまで言われても仕方ないって言うの?)



「そのとおりだ。これが、己の行いの結果というやつだからな。」



(そんな……)



 キリハは拳を震わせる。



 仕方ない?

 本当に仕方ないの?



 だって、レクトは言っていた。



 戦争のきっかけを作ったのは自分だが、それをひどくしたのは人間もドラゴンも同じだったと。



 そして、以前に話を聞きに行った時、ケンゼルも言っていた。



 当時絶大な権力を持っていた竜使いを、煙たがる人間がいた。

 そして彼らはドラゴン大戦を好機と捉え、戦争の混乱に乗じてドラゴンと竜使いに関する資料を抹消し、全ての責任を竜使いに押しつけたのだろうと。



 たとえ竜使いが絆を信じて戦争を鎮めようとしたとしても、そんな連中がそれを許すはずもない。

 ドラゴンを嬉々として殺したのは、そういった人々なのでは?



 ならばこの戦争は、レクトだけの責任じゃない。

 それなのに、レクトだけを目の敵にして憎むというのか。



 これじゃあ、レクトの言うとおりだ。





 ―――こんな姿の、どこが美しいと?





 プツリ、と。

 その時、何かの糸が切れた気がした。


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