手紙の意味
ミゲルの忠告は的確だった。
試合が始まってから三十分ほど。
テレビカメラも観客も試合に集中しているため、自分が少し警戒しているだけで、驚くほどすんなりと会場内を移動することができたのだ。
ディアラントの試合が行われるのは第四競技場。
国民の注目も加味し、ディアラントの初戦は正午近くに開始予定である。
今はまだ余裕を持って移動できる会場内も、昼にはどうなっていることか。
「おう、キー坊。なんとか、捕まらずに来れたみたいだな。」
「うん、おかげさまで。」
特等席としてキープされている最前席で待っていたミゲルの隣に座り、キリハはずっと被っていたフードを脱いだ。
途端に後方からざわめきが生まれ、カメラのシャッターを切る音が聞こえてくる。
「………」
「仕方ねえ、諦めろ。おれだって、散々撮られた後だ。ディアの弟子のお前が、観戦に来ないわけねぇもんな。」
「大会が終わったら、ディア兄ちゃんに何か
「おう、そうしとけ。目ん玉飛び出るくらい高いもんをねだったって、
ミゲルが大らかに笑って頭をなでてくる。
その瞬間にシャッター音が増えたような気がして、なんだか複雑な気分になった。
後ろの観客たちは、一体何が目的で写真を撮ってくるのか。
「ま、来たからには楽しまなきゃな。ジョーの試合は第二競技場だから、モニターで観戦するしかねぇけど……」
「――― ミゲル。」
パンフレットを指差しているミゲルに、キリハは控えめに声をかけた。
「ん? どうした?」
「………っ」
首を傾げて訊ねてくるミゲルに、キリハは一瞬言葉につまってしまう。
〝本当にいいのだろうか?〟
そんな迷いが脳裏をよぎり、ポケットに突っ込んだままの左手が固まる。
でも、ランドルフのことはともかく、ミゲルのことは信じられるから。
キリハは迷いを振り切るように大きく首を振り、左手をポケットからゆっくりと出した。
ミゲルが自分の手を見ていることを確認し、左手の陰から紙片の一部だけを見せる。
「さっき渡された。ミゲルに渡してくれって。でも、俺は信じていいのか分かんなくて……」
「相手は?」
「……総督部の、ランドルフって人。」
「!!」
ランドルフの名前を出すと、ミゲルは大きく目を見開いた。
「キー坊、試合見てろ。手は動かすなよ。」
ミゲルは低い声でそう言うと、自らも試合が行われている方へと視線を固定した。
彼に言われたとおりに試合を観戦している風を装っていると、さりげなく伸びてきた彼の右手が、自分の手から紙片をさらっていく。
ミゲルは目だけで紙片の中身を確認。
「ちっ…。毎年のことながら、配置がえげつねぇな。」
数字とアルファベットの羅列から何を得たのか、ミゲルが微かに表情を歪めた。
ミゲルは胸元に手を伸ばし、連絡用にと身に着けていた無線のスイッチを入れた。
「全員聞こえるか? 今年の情報がきた。今から言う場所に注意しとけよ。C列十二、K列三十五に一人ずつ。F列二十八、M列五十にそれぞれ二人と三人。観客席とは別に、第四競技場内の北北東方向に二人、南東方向に一人だ。いいか? くれぐれも、お前らからは介入するな。奴らが怪しい行動に出たら、録音録画をした上で、現行犯で取り押さえろ。」
周りに聞こえないように最小限の声でやり取りを交わし、ミゲルは無線を切る。
そして表情を一気に明るくすると、
「でかした、キー坊。不安だったよな。お前の判断は間違ってねぇから安心しな。」
「今のって……」
「今年の妨害工作員の配置メモ。」
キリハから受け取った紙片を制服の胸ポケットにしまい、ミゲルは険しい顔でまた前を向く。
「あいつら、おれらが聞き耳立ててるのを気にして、ディアの妨害計画の具体的な詰めは開会式の間にやるんだ。毎年あの人にこうして情報を流してもらってるから、大した意味もねぇんだけどよ。」
「……信じて大丈夫なの?」
不安は拭い去れない。
ランドルフは総督部の人間だというのに。
「はははっ! 気にするなって!」
眉を下げるキリハに、ミゲルは底抜けに明るい笑顔を浮かべると、わざとらしい大きな仕草で肩を叩いてきた。
そして違和感のないタイミングでこちらの肩をぐっと引き寄せると、耳元に口を近づけてくる。
「あの人は大丈夫だ。実のところ、あの人との繋がりは、おれとジョーがドラゴン殲滅部隊に入った時からでな。あの人はほぼ最初から、おれたちの味方なんだ。」
「………」
「ま、すぐに信じろとは言わないさ。自分の目で見て確かめたいなら、キー坊にも仕事を振ってやるぜ?」
「え…?」
「おっと。まだ動くな。」
ぐっと肩を掴む腕に力を込められ、キリハは上げかけた頭をその場に固定される。
「ディアの二回目の試合が、三時過ぎから始まる。試合開始から五分後、南側の選手入場口に行ってみろ。詳しい指示は、後からメールする。キー坊なら心配ないと思うが、やばくなりそうなら救援を呼べ。」
ミゲルはそこまで言うと、肩に置いていた手を離した。
その後は他愛もない世間話くらいでしか口を開くことはせず、こちらの問いたげな視線は完全に流されてしまった。
自分の目で見て確かめたいなら―――
「………」
キリハは膝に置いた両手を握り締めた。
ミゲルは、自分が言葉だけでは納得できないことを察してくれたのだ。
やばくなりそうならと言ったのは、向かう先に危険がある証拠。
それでも現場に向かうことを許してくれるということは、ミゲルがそれだけ自分のことを信じてくれているということだ。
嬉しかった。
守られるだけではなく、守らせてもらえることが。
少しだけ胸の
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