妨害工作

 ディアラントが会場に姿を現すと、観客席は大きな歓声に包まれた。



 毎年のことだが、試合までは一度もおおやけに姿を現さないディアラントは、人々の中で幻のヒーロー扱いとなっている節がある。



 大会三連覇中の彼の姿を一目見ようと、第四競技場の観客席は立ち見も含めて満員状態。

 各競技場に置かれている試合中継用のモニター前も、多くの人でごった返しているという。



 聞いた話だと、テレビの視聴率もディアラントの試合の時にピンポイントで跳ね上がるらしい。



 ディアラントはそんな国民の期待に応え、一回戦にあっさりと勝利した。



 二回戦目までの試合時間は十五分に設定されているのだが、ディアラントが相手の剣を弾き飛ばすのに要した時間はたったの五分。

 それでもディアラントの剣を知っているキリハやミゲルの目から見れば、十分手抜きをしているレベルなのであるが。



 そして、時間はさらに流れる。



「ちっ…。試合にもなんねぇな。」

「あのクレーリオって奴、警察枠の予選を余裕で勝ち抜けたって奴だろ?」



「ああ。警察や消防は実力がやべぇって話なのに、それでもディアラントには歯が立たねぇのかよ……」

「ほんと、マジで化け物だよな。」



 ひそひそと話す二人の男。

 男たちの視線の先では、ディアラントとクレーリオの試合が進行中だった。



 クレーリオが少しの間も置かずに繰り出す剣を、ディアラントは顔色一つ変えずに受け続けている。

 一度も揺れないその表情が、ディアラントの余裕を何よりも明確に表現していた。



 男たちが見ている前で、とうとうディアラントがクレーリオの体勢を崩しにかかる。

 その動きの変化にクレーリオは必死に食らいつこうとしていたが、結果的に三十秒と持たず、彼は地面に手をつくことになってしまっていた。



 会場内に響く大歓声。



 剣をしまったディアラントに、立ち上がったクレーリオが駆け寄り、輝くような笑顔で握手を求める。

 次の試合までまだ時間に余裕があるからか、ディアラントはクレーリオの要望に快く応えて手を差し出した。



「よし、時間だ。」



 楽しそうに話しているディアラントの背中に向けて、男の一人がボウガンを構える。

 しかし。



「何してんの?」



 彼らの動きは、ふいに飛び込んだ声に止められてしまった。



「なっ…!?」



 驚愕して振り返ってきた彼らを、キリハは凍えるように冷たい目で睥睨へいげいする。



「ここは、試合中の選手以外立ち入り禁止のはずだよね。」



 自分自身は選手入場口に入らない状態で、キリハは男たちに断定的な問いを投げかける。



 ミゲルの指示どおりに来てみればこれだ。

 一回戦の時も、何人かがドラゴン殲滅部隊の手によって取り押さえられていたというのに。

 それでも妨害工作をやめようとしないとは、国防軍のしつこさには感心すら覚える。



「知ってる? この部屋って、今年から高性能の監視カメラが置かれてるんだよ。」

「!?」



「ちなみに録音機能も搭載されてて、誰の声なのか声紋認証することもできるんだって。俺はお前らのことなんて知らないけど、ここのビデオ記録を確認すれば、いつ誰がここに出入りしてて、どんな話をしてたかも全部分かっちゃうんだけど。」



「い、いや、ちょっと待ってくれ。お、おれたちはただ、近くで試合を見たかっただけで!」

「ふーん…?」



 キリハはすっと目を細くする。



「そんなものを持ってて?」



 キリハの目は、男が持つボウガンに向けられていた。



「―――っ」



 途端に険しくなる男の表情。

 男はもう一人が止めるのも構わずボウガンを構え、キリハに向かって矢を放った。



 しかし彼が放った矢は、キリハが瞬時に抜き払った剣によって真っ二つに切られ、入場口の向こうに伸びる廊下に落ちていく。



「………」



 矢の軌道から逸れつつ、迫ってきたそれを両断したキリハの目には、ぞっとするような鋭い光が宿っていた。



「カメラに撮られてるって言ったばっかなのに。……それとも、このことを俺が直接訴えちゃってもいいの?」

「………っ」



 こちらが余裕でけたとはいえ、今のは立派な殺人未遂だ。

 キリハの言葉が暗に示していることに気付いたらしく、男たちの顔からみるみるうちに血の気が引いていく。



「おい、ずらかるぞ!!」



 慌てた様子で走り去っていく男たちを、キリハは無言で見送った。



「……本当に捕まえなくていいの?」



 ぽつりと呟く。

 すると。



「ああ。監視カメラの映像はしっかり撮れてるから、捕まえようと思えばいつでも捕まえられる。証拠を押さえたとなっちゃ、あいつらがこれ以上何かしてくることはねぇだろう。」



 右耳に取りつけたイヤホンから、冷静なミゲルの声。



「それにしても、矢をぶった切るって……またすげぇことやらかすな、キー坊。」



 観客席から監視カメラの映像を確認していたミゲルは、苦笑半分といった口調で言ってくる。

 その内心で彼がひやひやしていたことは、言うまでもあるまい。



「ごめん。ちょっとキレてたもんで。」



 今にして思えば、ただけるだけで十分だった。

 しかし、彼らと総督部への怒りを発散するためには、あれがちょうどよかったのである。



「証拠品はできるだけ回収ってメールに書いてあるけど、そこの矢は回収しとく?」



 切り捨てた矢をちらりと一瞥いちべつし、キリハはミゲルに訊ねる。



「なんだ? あいつら、回収していかなかったのか?」

「うん。逃げるのに必死だったみたい。」

「まあ、あんな芸当見せられたらビビるわな。」



 ミゲルが微かな笑い声を零した。



 ざまあみろ、と。

 そんな心の声が聞こえたように思えたのは、気のせいだろうか。



「じゃあ、回収しといてくれ。毒とかが塗られてたら厄介だから、扱いには気をつけてくれよ?」

「分かった。」



 ミゲルの指示を受け、キリハあらかじめ控え室から持ってきていた袋に矢をしまった。



 大会で使用する武器は、大会運営に関わる第三機関が用意したものに限定されている。

 とはいえ軍人や警察消防が集うこの大会で、武器の持ち込みを完全に取り締まることはできない。



 それ以前に、平等をうたう大会運営委員会に、国防軍の内通者がいないという保証もない。

 結局のところ、信用できる人間で自主的に妨害を阻止するしかないのだ。



 そう語っていたミゲルの言葉の意味が、こうして現実を見た後ならひしひしと実感できる。



 何が警備は万全を期している、だ。

 あんな風に堂々とボウガンを持ち込めるくらいだ。

 ここの警備員は当てにならないと考えて、間違いはないだろう。



 そう思うとますます不服で、キリハはむすっと頬を膨らませたまま、矢を片付けるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る