喜べない終わり

 その日、キリハ、サーシャ、ジョーの三人は、孤児院の応接室に長時間こもっていた。



 この日ばかりは子供たちも立入禁止。

 明け渡していたパソコンも回収され、全台がフル稼動状態だ。



 携帯電話で通話を繋ぎ、せわしないやり取りを休みなく交わしているジョー。



 そんな彼の向かいで、キリハもサーシャも祈るように手を組んで、イヤホンから流れてくる喧騒に集中していた。



「バイタル停止。……十秒……二十秒……」



 ジョーが刻むカウントに、誰もが固唾かたずを飲む。





「三分。バイタルに変化なし。映像からも、完全な行動停止を確認。―――今回の討伐は、これにてミッションコンプリート。」





 その宣言が放たれたことで、キリハとサーシャはどっと肩の力を抜く。



「お疲れー。なんとかなったね。」



 自分の仕事はここからが本番。



 より一層早くパソコンのキーボードを叩きながら、ジョーがキリハたちと電話の向こうにいるディアラントたちに、ねぎらいの言葉をかける。



「いんやー、お疲れ様でした! 先輩のアシストがあったおかげですよ!」



 ドラコン討伐がひと段落したことで、ディアラントの声にいつもの明るさが戻る。



「あ、あと! オークスさんが寝ずに頑張ってくれたみたいで、今日の弾薬の効き目がばりくそにパワーアップしてて!!」



「ふーん、そう。あのたぬき親父も、やりゃできんじゃん。」



「ジョー先輩……絶対に脅しましたよね?」



「失礼な。僕もキリハ君も現場から抜けるんだから、それ相応の準備をしとけって、必要な情報を渡しただけだよ。」



「世間一般では、それを脅しと言います!」



「おやおや……どうやら、本物の脅しというものを味わってみたいようだね?」



「すみません! ありがとうございました!! ジョー先輩のご尽力に、いつも部隊は救われてます!!」



 途端に態度をひっくり返すディアラント。



 今頃、腰を直角にでも曲げているのだろう。

 イヤホン越しに、周囲からの笑い声が聞こえてきた。



「じゃあ、そろそろ通話は切るよ。こっちは生体分析と報告書の作成に入るから、そっちは諸々もろもろの処理をよろしく。」



「はい! また後ほど!」



 それで、全員の通話が切れる。

 それから三分も経たない内に、ジョーはまた携帯電話を操作して次の場所へと電話をかける。



「お忙しいところ恐れ入ります。今報告書を送りましたので、ご確認のほどよろしくお願いします。」



 おそらく、相手はターニャだろう。

 必要最低限で電話を切った彼は、また猛スピードでキーボードを叩き始めた。



「報告書……早くない? ディア兄ちゃんは、丸一日かけてたのに……」

「それは、ディアの段取りが悪いからだよ。」



 キリハの戸惑いを、ジョーはばっさりと切り捨てる。



「定型のフォーマットなんだから、埋められるところは先に埋めといて、討伐が終わった後は微調整すればいいだけさ。それなのに、締め切りに追われながらいちから思い出して書こうとするから、無駄な時間ばかり使うんだよ。」



「なるほど……言われてみれば、確かに。」



「何度もコツを教えてあげてるのに、あいつったら締め切りギリギリにならないと動き出さないんだもん。能力が剣にガン振りの、完全な脳筋だよ。それなのに、学生時代の成績が上の中レベルってのが、未だに納得いかない。」



「あー……あれだね。ジョーがいるから、頭脳面は完全に投げたってオチだよね。」



「まあ、僕も自分の領域を下手に荒らされるのは嫌だから、丸投げなのは助かるんだけどさ。ディアは本当に、人を引き寄せては味方につけて、色々と任せるのが得意だよ。」



 やれやれと溜め息をつきながらも、ジョーの表情は穏やかそのもの。



 口でこそ文句を言っているけど、ディアラントに散々こき使われていること自体には、特に不満はないようだ。



(本当にそれも、契約だからなの…?)



 口には出さずに、内心だけで問う。



 自分からすると、どう見たってあなたが損得勘定を抜きにして純粋にディアラントに協力しているようだけど。



 脳筋だなんだと言っているけど、そんなディアラントのことが好きだよね。



(もしかして……自分の気持ちに気付いてないのかなぁ…?)



 はたと、そのことに思い至る。



 ジョーと知り合ってから、二年半以上。



 彼が嘘や建前で塗り固められた人だとは察していたが、彼の態度に嘘らしい仕草があまりにもないものだから、妙な違和感があったのだ。



 しかし、彼の正体とその半生を知った今なら、なんとなく分かる。



 彼が目指しているのは、ジョーとして最低な人間になること。



 そんな理想を自分にインプットして、それに当てはまらない自分の気持ちをシャットアウトしているのだとしたら。



 悪魔や魔王だという評価を受け入れる一方で、好意的な評価やお礼を拒否する彼の言動に筋が通る。

 そしてその言動が、照れ隠しではなく自然に見えるのも当然のこと。



 だって、自分が自分自身の善意に気付いていないのだから。



(こんな人もいるんだなぁ……)



 これまで彼が張った壁に感じていた、もどかしさや寂しさはない。

 だってこれからは、二人きりの時に粘れば、押し負けた彼が本当の心を見せてくれるだろうから。



「それにしても、本当によかった。大丈夫だって信じてはいたけど……やっぱり、心配で緊張しちゃうもんだね。」



 そう言って、隣のサーシャと笑う。

 安心したのもつかの間、心を覆うのは罪悪感。



「分かってたはずなのに、申し訳ないな…。俺がもっと強くて、ほむらを拒絶するようなことをしなければ……」



「あんまり気にしなくていいよ。」



 すぐさま、ジョーがフォローを入れてくれる。



「前にディアも言ってたけど、これが本来あるべき姿だ。民間人である君は、僕たち軍人に守られてていいんだよ。」



「でも……」



「いいんだって。それに……君がそんな風に悩むことも、もうなくなるよ。」



「え…?」



 それはどういう意味だろう。

 視線だけで問う。



「フール様が言ってたよ。残るドラコンは、これであと一体。そしてその一体は、フール様の親友のリュドルフリアだってね。」



「―――っ!! じゃあ……」

「うん。」



 キリハが辿り着いた推測を、ジョーは一つ頷いて肯定する。





「僕たちの任務は―――実質的に、これが最後だ。」





 やはり、そういうことなのだ。



 壊れていない状態で眠ったレティシアたちが、目覚めても壊れずにいたのだ。

 これまで封印を守ってきたリュドルフリアが壊れている可能性は、ほぼないと言ってもいいだろう。



「………」



 心境は複雑だ。



 命を奪う苦しさから解放されるこの日を、待ちわびていたはずだった。



 レティシアたちと言葉を交わせるようになって、リュドルフリアとも話せないだろうかと、そんな期待も抱いていた。



 でも……





(ドラコン討伐はもう終わり…。なら―――俺には、もう一度焔を持てる日なんて来るのかな…?)





 そう思うと、この状況を喜ぶに喜べない自分がいた……


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