彼の真意

「ねえ。今ここを取り仕切ってるのって、ジョーなんでしょ?」

「え…? う、うん……」



 レティシアがどうして急にそんなことを訊いてくるのか分からないまま、ひとまずキリハは頷きを返す。



 すると、それを聞いたレティシアは面白そうな笑い声をあげた。



「………?」



 一体、何がそんなに面白いのだろう。



 理解に苦しむキリハがパチパチと目をまたたいていると、ようやく笑い声を引っ込めたレティシアが一つ息を吐き出した。



「ふふふ、ごめんね。変に損ばっかする、ひねくれた人間がいたもんだと思ってね。」

「損…?」



「そ。ここからは、私があんたから聞いてるジョーって人間から想像できる話をするわよ。あくまでも私の想像だから、必ずしもそれが答えってわけじゃないけどね。」



 わざわざそう前置いて、レティシアはふと遠くを見つめた。

 そして、子守唄でも歌うかのように優しく、そして穏やかな声で語る。



「怖いと思うからこそ、人はその恐怖を乗り越えるために知りたがる。前に、ユアンがそう言ってたことがあるの。もしユアンの言うとおりで、人間がそういう生き物なんだとしたら……きっと人間たちは今、ドラゴンを怖がっている反面で、それと同じくらいドラゴンのことを知りたがっているはずよ。」



「うん。そうなるね……」



「そんな時に私たちの情報が近い未来に公開されるってなれば、自ずと人間の興味と関心は私たちに傾く。公開された情報に嘘がないと証明できて、なおかつその情報の中で、私たちが人間と友好的な関係を築いてることが明示されれば、ドラゴンが闇雲に人間を襲うわけじゃないことが分かる。そうなれば、人間がドラゴンに持つ偏見も、少しはやわらぐかもしれない。」



「え…?」



 人間が持つ偏見が、和らぐかもしれない…?

 その言葉に、キリハは瞠目する。



「怖いもの見たさで好奇心が高まっている今だからこそ、意識を操作する隙があるとすれば、この今だけなのよ。今のうちに、私たちが自分の意思では人間の敵に回らないと証明できる事実を積み重ねておけば……もし今後私たちが壊れて、私たちを殺すしかない時が来たとしても、あんたが私たちを信じようとしたことが間違いだったなんて言われない。そう言わせないだけの根拠を、揃えておくことができるでしょう?」



「………っ」



 キリハは大きく目を見開く。



 想像だと前置きをされたものの、レティシアが語ったジョーの真意。



 それはつまり―――





「……俺を、守るために…?」





 心底驚きながらも確認を取ると、レティシアはまた小さく笑った。



「まあ、それだけが理由ってわけじゃないとは思うけどね。守りたいのはあんただけじゃなくて、自分がいる部隊とターニャもだろうし。人によっては、自分が下手な火の粉を被らないために必死な臆病者にしか見えないんじゃない?」



 先ほどの意見を一転させたレティシアが、ばっさりとジョーのことを切り捨てる。



「それは、違うと思う。」



 思わず、それには否を唱えてしまった。



 ジョーの何を知っているんだという話だけど、今のレティシアの言葉には違和感しか持てなかった。



 だって彼が臆病者なら、レティシアたちの処遇で揉めていた時に真っ先に意見を述べたり、ミゲルを怒らせると分かっていて自分を傷つけたりしなかったと思うのだ。



 ルーノの存在があったとはいえ、彼がレティシアたちを外に出すという大胆な手に出たことも、臆病者という前提とは辻褄つじつまが合わない気がする。



「ふふ、そう。あんたはそう思うのね。」



 レティシアはこちらの意見を、否定も肯定もしなかった。



「まあ、どう思うかは人それぞれよ。ともかく、人間の意識を操作するチャンスが今しかないってことは、それはもちろん、いい方向にも悪い方向にも転がるの。それはつまり、今があんたたちのチャンスであると同時に、あんたたちと敵対している勢力にとってのチャンスでもある。ある意味、ここが一つの正念場よ。下手に隙を突かれるわけにもいかないんだから、ここに来るジョーが機嫌悪そうなのも分かる気がするわ。」



「………」



 キリハはそこで、完全に言葉を失った。



 世界が切り替わるような、不思議な心地がする。



 今回の特別措置も含めたドラゴンの管理において、ジョーは今までにないほどに周囲を引っ張っている。



 いつもはサポートに徹する彼が、自ら責任者の立場を買って出たのだ。



 それはやはり、彼がレティシアたちのことを信用していないからで、疑わしきものを他人に任せるわけにはいかないからだと。



 なんとなく、そう思っていた。

 事実、それは丸っきり見当違いというわけではないだろう。



 ドラゴンの件について、ジョーは自分の目以外に信用できるものは一つもないと言い切ったそうだ。



 ノアや他の面々も活動している昼間の監視は自分やミゲルに任せているが、皆が寝静まる夜中の監視はジョーが一人で受け持つほどの徹底ぶり。



 彼を心配したディアラントやミゲルがサポートを申し出たのだが、気が散るから余計なことはするなと、普段の温厚さからは想像もつかない剣幕で全面拒否されたらしい。



 ジョーがレティシアたちの様子をモニター越しに見つめる姿を見ていても、彼がレティシアたちに受容的になってきているとは感じられなかった。



 彼はレティシアたちを信用せず、かといって以前のように拒絶するわけでもなく、ただ怖いくらい冷静に、事実だけを見つめている。



 ジョーに頭と口で敵う人なんて、ほとんどいない。

 そして彼は、他人に転がされるのを何よりも嫌う。



 以前、ミゲルからそう聞いた。



 レティシアが言うとおり、今回の特別措置は、自分たちを煙たがっている総督部にとって絶好の機会になり得るだろう。



 ここでレティシアたちが問題を起こしたように仕向けることができれば、ドラゴンに対するイメージをとことん落とすことができるし、そんなドラゴンを保護した自分たちを思う存分責められる。



 自分が提案した特別措置なのだから、自分が優位性を確保できないことは当然許せないし、それを総督部の連中にいいように利用されるのは論外。



 誰がどんな手を使ってきても返り討ちにできるだけのカードは、自分じゃないと揃えられない。



 ジョーがそう思っているだろうことは、一つの事実だとして。





 それでも、そんな彼の数ある目論みの中に、レティシアが指摘した優しさも含まれているのだとしたら……





 レティシアたちを守ろうとした自分がこれ以上の責任を負わないようにと、一切の躊躇ちゅうちょもなく自ら憎まれ役になったジョーのことだ。



 その可能性は、十分にある。



「そういうことだったんだ……」



 胸の中に、ジョーなりの配慮がすっと落ちてきた。



「だから、これはあくまでも私の想像だってば。」

「そんなこと言って、自信満々なくせに。」



「さぁ、どうかしらねー? 私は生きてる年数が違うから、見える可能性が広いのよ。可能性ってだけで、確証はないわ。」



 指摘してやると、レティシアはおどけてそんなことを言った。


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