見抜いた心の、さらに奥まで―――

「キリハ。」



 優しく、穏やかに。

 思わずほっとするような声音で呼びかけられる。



「色んなことを知りなさい。そんでね、知った分だけよく考えなさい。目に見えるものや見抜けるものだけが全部じゃない。考えて考えて、時には間違えて、それでようやく見えてくるものもたくさんあるの。キリハがこれから、どんな大人になるのかは分からないけど……どうせなら、たくさんの人の優しさに気付ける大人になりなさい。」



 レティシアの頭が近づいてきて、絶妙な力加減でこちらの頭をなでていく。



「みんなのことを信じたいと思うんだったら、見抜けた心の、さらに奥まで見抜けるようになりなさい。それはもしかしたら、相手のことを疑っているように見えるかもしれない。でもね、それは相手の本当の姿を知るために、とっても大事なことよ。そしてそれが、自分のことも相手のことも守ることに繋がるわ。」



 もしかしたらレティシアには、自分が何を思っているのかが全部分かっているのかもしれない。



 なんとなく、そんな風に思えた。



『少しは疑うことを覚えた方が、今後のためだぞ。』



 あの時はあまり腑に落ちなかったノアの言葉が、レティシアの言葉を介して意味を得る。



 そうか。

 疑うことは必ずしも不信感から出る行動なのではなく、きちんと真実を見極めるためにも必要なことなのか。



 それなら、きっと受け入れられると思う。



「うん、そうだね。俺も、そんな人になりたい。」



 何食わぬ顔で他人を騙せる人間もいる。

 ノアはそう言った。



 自分の身の周りにそんな人がいるとしたら、きっとそれはジョーのことなのだと思う。



 レティシアの話を聞いて初めて気付いたジョーの優しさに、今度は自分から気付けるようになりたい。



 そのために疑うことが必要だというなら、ちゃんと疑うこととも向き合おう。



 難しいことも嫌なこともたくさんあるだろうけど、それでもやっぱり、自分は知りたいと思うから。



「そうやって素直に物事を受け入れられるところ、嫌いじゃないわよ。」

「えへへ、ありがと。」



 レティシアにそう言われ、キリハは照れくさそうにはにかむ。

 その時、ふとポケットに入れていた携帯電話が鳴った。



「はい。」



 電話に出ると、その向こうはよく見知った喧騒に包まれていた。



「うん、分かった。」



 声のトーンを落とし、キリハは冷静に相手からの言葉を受け取る。



「すぐ行く。」



 いっそ平坦に聞こえる口調で答えて電話を切ったキリハは、ほんの少しだけ目を伏せた。


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