消失

 エリクが最後の戦いに身を投じているその日の午後、宮殿の地下駐車場。

 そこには、レイミヤに帰るキリハを見送るために、ドラゴン殲滅部隊の面々が集合していた。



「ごめんな、キリハ…。なんか、追い出すみたいな形になっちまって……」



 ディアラントは眉を下げて、キリハの頭をなでる。



「ううん、大丈夫。俺が馬鹿なことをしちゃったせいでしょ? それに……俺も、ここにはいない方がいいと思うから。」



 全て心得ていると。

 悄然しょうぜんとしながらも、しっかりと受け答えをするキリハの態度が語る。



 《焔乱舞》の暴走による、昨夜の火事騒ぎ。

 それをうやむやにするためには、キリハが宮殿の病棟に搬送されたという事実から揉み消すのが一番だろう。



 夜中の内に、関係者満場一致で方針を決定。



 その裏では、すでに同じ方針を固めていたジョーがランドルフやケンゼルと連携を取り、夜が明けて総督部が動き出す前にと、早急な情報操作を進めていた。



「おい、ジョー…」



 キリハとディアラントがやり取りを交わす中、ミゲルは車の中を覗き込む。



「お前、運転なんかして大丈夫なのか?」

「大丈夫って、何が?」



 ミゲルが見つめる運転席では、車を発進状態にしたジョーがノートパソコンのキーボードを叩きまくっている。



 その様子は、至って平常どおり。

 だからこそ今は、違和感と不安しか抱けない。



「いや、だから……運転中に昨日みたいなことになったら―――」

「問題ない。切り分けくらいできるよ。それより、名残惜しいのは分かるけど早くして。」



 パソコンから顔を上げないまま、ジョーはディアラントたちに向けて言う。



「あらかた情報のすげ替えは終わってるけど、ここにキリハ君がいるのを見られたら、その情報の食い違いから一発で昨日のことがばれる。僕の脅しも万能じゃないんだからね。」



〝下手に勘繰るな〟



 淡々とした口調を貫くジョーの雰囲気が、刺々とげとげしくミゲルを拒絶する。



「お、おう……」



 結局深くは言及できないまま、ミゲルは複雑そうな視線をキリハたちに向けた。



「サーシャ、本当にいいの? わざわざ、俺についてきてもらっちゃって。」

「うん、大丈夫だよ!」



 キリハに問われ、サーシャは大きく頷く。



「キリハ一人じゃ、大変だと思うもん。私も力になりたい。それに、久しぶりにメイさんやナスカさんにも会いたいし!」



 やる気に満ちた仕草で、両手をぎゅっと握るサーシャ。

 それに、キリハは淡く微笑んだ。



「そっか。ありがとう。」



 サーシャの思いやりを噛み締めるように目を閉じたキリハは、次に自分の腰に下がる《焔乱舞》のさやを持って、留め金を外した。



「これ、預かっててもらっていい? さすがに、レイミヤであんなことを起こして、みんなを怖がらせたくないからさ。」



 昨日のことは、キリハ自身も重く受け止めているのだろう。

 深く思いつめた表情で相棒を手放すと告げた彼に、誰もなぐさめの言葉をかけることができなかった。



「ユアン……ありがとね。」



 次にキリハが目を向けたのは、フールとしての体に戻ったユアンだ。



「昨日ユアンに止めてもらえなかったら、取り返しがつかないことになってたかもしれない。レイミヤで色々と考えてみるから、もしよければ、たまに会いに来てほしいな。」



「もちろん。」



 フールは迷うことなく頷く。



「何度でも、いつまででも話に付き合うよ。同じ道を歩んで、同じ壁にぶち当たった人間として。」



 フールの答えに、キリハは嬉しそうにはにかむ。

 そして、改めて《焔乱舞》をディアラントに差し出した。



 なんともいえない表情をしながらも、ディアラントが《焔乱舞》の鞘を持ってそれを受け取る。



 そして、鞘から離れたキリハの指が《焔乱舞》のつかに触れた瞬間―――



「………っ!!」



 大きく痙攣けいれんしたキリハが、バッとそこから手を引いた。



「キリハ…?」

「あ、ごめん。なんでもないよ。」



 首を傾げるディアラントに、キリハは困ったように笑うだけ。

 しかし。



「キリハ。」



 そこで、フールが声をあげた。

 キリハがフールに視線を滑らせるが、フールが見ているのはキリハの顔じゃなかった。



 キリハの右手に巻かれた包帯。



 昨日の騒ぎでキリハはいくつかのかすり傷や打撲を負っていたので、そのうちの一つだろうと思って、あまり気にしていなかったけど……





「まさか……―――ほむらさわれなくなったの?」





 もしも今のキリハが、《焔乱舞》が熱くてとっさに手を引いてしまったのだとしたら。

 そしてその右手の包帯の下が、かすり傷などではなく火傷やけどなのだとしたら。



 フールが口にした〝まさか〟に、その場にいる全員が驚愕してキリハを見つめる。

 皆の視線を浴びるキリハは、静かに瞑目して……





「……うん。」





 どこか安心した表情で、フールの指摘を認めた。


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