師匠の考え

「さてと。あんな大胆な手に出られちゃった手前、もう内密な問題じゃ済まなくなったわけですが……どうしましょうね?」



 いつまで経っても時が進みそうにない場の空気を見かねて、ジョーはあえて軽い口調でターニャに訊ねた。



 キリハがノアから熱い勧誘を受けていたことを知っているのは、その場にいたターニャとディアラント、ディアラントから話を聞いている自分とミゲルくらいだったはず。



 ノアが爆弾発言をかましていかなければ、最小限の人間が知る範囲で場を収めたかったに違いない。



 だがもはや、この現実は変えられない。



 会議自体は終わっているも同然だというのに退席する者はおらず、自分の発言に引っ張られて、どこかすがるような視線の数々がターニャに集中した。



「そうですね…。唯一無二の《焔乱舞》の担い手ですし、彼の存在があるからこそ、国民の皆さんが安心して過ごしていることは確実でしょう。国としては、やはり簡単に手放せる人材ではありませんが……」



「いや。」



 そこで、ターニャの言葉を遮る声が。

 全員の視線が後ろへと動く。





「オレはどちらかっていうと、ルカ君寄りの意見です。」





 ようやく口を開いたディアラントの主張は、これまでとは桁違いの衝撃を皆に与えることになる。



「キリハが行きたいって言うなら、送り出してやればいいじゃないですか。もちろん、キリハがいらないって言ってるわけじゃないですよ。ただオレ個人としては、《焔乱舞》ありきのドラゴン討伐なんて、最初から想定していないんです。」



 ディアラントは淡々と語る。



「そもそも、キリハが《焔乱舞》に選ばれたことが奇跡なんです。今までのドラゴン討伐に《焔乱舞》があったことが、恵まれすぎてるんですよ。《焔乱舞》がなくなったとしても、それは恵まれた環境が、普通の環境に戻るだけでしょう?」



 その問いかけに、即答できる者はいなかった。

 構うことなく、ディアラントは自身の考えを述べ続ける。



「もしキリハをここに繋ぎ留めておく理由が《焔乱舞》だけなんだとしたら、オレはキリハをルルアに送り出してやる方がいいと思います。キリハもどうせなら、本当の意味で自分を必要としてくれる所に行った方が幸せでしょう。どうしてもドラゴン討伐にキリハが必要なら、その時だけルルアからキリハを借りるという体制も取れるわけですしね。」



 ディアラントの意見は、反論の余地もないほどに正しい。



 そう感じた者はディアラント何も異を唱えることができず、納得できない者も反論となる言葉が見つからないのか、不満げに顔をしかめるだけだった。



「………」



 周囲の様子を眺めながら、ジョーはふとした拍子に、机の下に隠した手元を盗み見る。



「―――じゃあ、最終的な判断はキリハ君に委ねるってことでいいんですか?」



 確認の意味も込めて、ターニャに訊ねるジョー。



「……致し方ありません。もしもの場合の策は立てておきましょう。私としてはやはり、キリハには残ってほしいと思います。ですが、ディアラントさんの言うとおり、キリハがルルアへ行きたいと願うなら……」



 彼女も、この判断にかなりの葛藤かっとうがあるのだろう。

 いつもは断言口調で物事を語るターニャが、今は躊躇ためらいがちにそう言って視線を逸らしている。



 ディアラントはああ言ったものの、ここにいる皆がキリハを必要としているのは、何も《焔乱舞》だけが理由ではないだろう。



 しかし、キリハをこちらに振り向かせる自信がないというのが現状。



 キリハは、差別などで押さえつけられる環境にいるべきではない。

 どうせなら、本当の意味でキリハ自身を必要としてくれる場所に行った方が幸せだろう。



 ルカとディアラントが、それぞれに告げた言葉。



 それが、ノアとこちらにある手札の優劣を明らかすぎるほどに示していた。



「分かりました。なら、僕もそのように体制を整えましょう。」



 とても穏やかとは言えない様子の周囲には一切触れず、ジョーは机の下でさりげなく携帯電話を操作した。


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