竜使いのくせに

 目の前の男性たちを、キリハは不快に思われない程度にあっさりと観察する。



 確か自分たち竜騎士の他にも、ドラゴン討伐を担当する軍務部隊がいるらしい。

 この宮殿本部を主な拠点にしているのは竜騎士とその部隊の人間だけだと聞いているので、彼らはその部隊の人間なのだろう。



「すみません。」



 一応形としての言葉を言うと、彼らはこちらを一瞥いちべつしただけですぐに離れていった。



 もう慣れたことなのでキリハも特に何も言わず、彼らとは逆方向へ進む。

 後ろから何かをひそひそと話す声が耳に入ったが、それも無視する。



 いつものことだ。

 今さらどうということは―――



「ちょっと、あなたたち!!」

「……ん?」



 突如廊下に響いた怒号に、キリハはふと足を止める。

 気づけば、隣にあったはずのララの姿がない。



 まさかと思って振り返ると、仁王立ちになったララが男性たちに噛みついているところだった。



「いい年した大人のくせに、恥ずかしいとは思わないの!? いつまでもくだらないことで差別ばっかりして。仮にも一国を守る軍人でしょ? どんな人でも平等に守れる器量くらい持ちなさいよ!」



「ちょっ……ララ?」



 おずおずとその背に声をかけるが、ララは男性たちを睨んだまま微動だにしない。



 一方の男性たちはというと、突然絡んできたララの気迫に押されて当惑しているようだった。

 しかし、吹っかけられた言葉に多少不快感を得ているらしいことは、彼らの顔から十分に読み取れた。



「……なんだよ。おれたちだけのせいじゃねぇだろ。」



 口を開いたのは、焦げ茶色の髪の男性だ。

 彼はララとキリハを交互に見やり、心底不愉快そうに眉を寄せた。



「……竜使いのくせに。」

「ミゲル!」



 彼が短くそう告げると、その後ろにいたもう一人の男性がそれをたしなめるように彼の腕を引いた。



 〝竜使いのくせに〟



 この国ではお決まりのセリフだ。

 それを聞いたララの頬が怒りで紅潮するが、今度はキリハの行動が速かった。





「ねえ。それって、いつまで引きずらなきゃいけない問題なの?」





 ごくごく自然に口をついて出た問い。

 それは、自分が常に持っていた純粋な疑問だった。



「なんでみんな、竜使いを嫌うの? 周りがみんなそうだから? 俺たちが竜の血を引き継いで生まれちゃったから? それとも……俺個人に、何か原因でもあったりするの?」



 訊ねるキリハの目には、怒りも悲しみもない。

 ただ純粋に〝何故?〟という疑問だけが、彼らに向けられていた。



 だからこそ彼らは虚を突かれたように固まり、質問に答えられない口だけをぱくぱくと動かしていた。



 やはりそういうことなのだ。

 男性たちの反応を見つめ、キリハは得心する。



 彼らに――― この国の人に、竜使いを嫌う決定的な理由など存在しない。



 それが当たり前だったから。

 そんな浅はかだが、どうしようもなく自然な意識で、人々は竜使いをいとうのだ。



「正直、みんなが俺たちを馬鹿にするのは、もう勝手にしろって感じ。居心地はよくないけど、それでも俺たちはここで生きていくしかないし。でもね―――」



 キリハは彼らの目をまっすぐに見つめる。



「もしできるなら、竜使いってことの前に俺自身を見てほしい……かな。もしドラゴンが出たら、一緒に戦うことになるんでしょ。その時にちゃんと協力し合えるようになっておきたいって、俺は思ってるよ。竜使いとかそうじゃないとか関係なくね。だって、そう生まれちゃったものは変えられないじゃん。俺が竜騎士としてここにいるのもそう。なってしまったもんは仕方ないんだからさ。」



 自分はいちいち、竜使いと他を隔てて考えたいとは思わない。

 それに、ルカを見ていてふと思ったのだ。



 竜使いと他を分かつ溝は、何も向こうだけが深めているわけではない。

 竜使いの方だって、自分たちと他を無意識で分けてしまっているのかもしれないと。



 どちらも背を向けていては、問題は悪化するだけ。

 どちらかが歩み寄る姿勢を見せなければいけないのなら、せめて自分はそうでありたいと思う。



 人を恨むなと言い続けた両親は、きっとそうしたかったはずだから。



「だから、俺は恨まないよ。自分のことも、みんなのことも。」



 最後に、キリハは男性たちとララに向かって晴れやかに笑った。

 男性たちが目を見開き、言葉を失う。



「もうーっ! キリハさんは、優しすぎるんですよー!!」



 ララの喚き声が、その場をつんざいた。



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