人間とドラゴンの今後
その日は、朝から国中が騒然としていた。
誰もが時計を気にして、どこのテレビもラジオも定刻が来るのを待ちわびる。
―――そして正午きっかり、全てのチャンネルが緊急生中継に切り替わった。
「国民の皆さん。この二年ばかり、不定期に発生するドラゴン討伐においては、ご不安になることも多かったでしょう。特に、先日急きょ行われたドラゴン討伐の際には、突然のことに混乱した方もいらっしゃったかと思います。まずはそのことについて、神官として謝罪申し上げます。」
レティシアたちを保護していた空軍施設跡地に立つターニャは、カメラに向かって深く丁寧に頭を下げた。
「そして、この場をもって宣言いたします。先にメディアを通して〝これが最後の戦いだ〟と申し上げましたが、そのドラゴン討伐もつつがなく完了いたしました。これで、セレニア山脈から東に眠るドラゴンはゼロとなります。二年以上に
その宣言に、国中がざわりと沸き立つ。
「これで、いつどこでドラゴンが目覚めるかと怯えることはなくなるでしょう。そして、大切なのはこれからです。」
ターニャがそう告げた瞬間、いくつもの
何事かと
上空には、白銀色の巨大なドラゴンを筆頭に、ざっと十数体のドラゴンが飛び回っていたのだ。
ターニャが片手を挙げて合図を送る。
すると、ドラゴンたちはゆっくりと下降を始め、ターニャの後ろに整列して着地した。
白銀色のドラゴンから降りてきたのはキリハ。
その隣のドラゴンからは、ディアラントが降りてくる。
二人はターニャの隣に立つと、カメラに向かって一礼。
その後、一歩下がってターニャの後ろに控えた。
「最後のドラゴン討伐にて、レティシアとロイリアを除き、討伐しなかったドラゴンがいたことは、すでに周知の事実かと思います。今回は、彼と血を交わしたキリハさん
ターニャが言うと、カメラのほとんどが白銀のドラゴンに集中する。
「彼の名は、神竜リュドルフリア。セレニアのドラゴンを統べる王であり―――三百年前のドラゴン大戦を止めるために、自身を犠牲にして東側のドラゴンを封じた方です。」
大きなどよめきに包まれる敷地内。
とんでもないゲストの登場に怯えて逃げ出す者。
表情を変えずにカメラを構え続ける者。
この場に駆けつけた人の分だけ、反応も様々だった。
国民という国民がテレビやラジオにかじりつく中、ターニャは淡々と会見を続ける。
「私はキリハさんを仲介役として、リュドルフリアさんと数度に
それで、カメラの多くがまたターニャに集中する。
ターニャは一つ呼吸を置くと、堂々とした態度でカメラと向き合った。
「一つ。最後のドラゴン討伐の際に、リュドルフリアさんが自ら、戦争賛成派だった最後のドラゴンを討ち果たしました。これをもって、ドラゴン大戦の正式な終結を宣言します。」
ドラゴン大戦の終結。
それは、永久的になくならないと思われていた問題が解決したことを意味する。
「なんと……」
「まさか、こんな日が来るなんて……」
呆然と呟いた何人かの手から、マイクやカメラが落ちていった。
「二つ。ドラゴン大戦の終結と同時に、私たち人間と、リュドルフリアさんたちドラゴンは、半永久的な和平条約を締結いたします。今後、人間とドラゴンが理不尽に争うことはないでしょう。」
もはや、出る言葉もなくなった。
誰もが皆、ターニャの言葉だけに引き込まれるしかない。
「そして三つ。和平条約を締結したとはいえ、人間とドラゴンの間に生まれてしまった溝は深いものです。そのため、これまでどおり、セレニア山脈から東側を人間の土地、西側をドラゴンの土地として切り分け、不可侵規定を設けます。原則として、私たちは互いに、セレニア山脈を越える行為を禁じられます。」
「………」
朗々としたターニャの演説を聞きながら、キリハは思わず表情を暗くする。
ドラゴン大戦にまつわる問題が解決すれば、また昔のように手を取り合っていける。
当然ながら、そんな夢物語が通用するわけがなかった。
和平条約を締結したとはいっても、そこで最も重要なのがこの不可侵規定。
再び争わないためにも、お互いの領域には触れないでいようというのが、この会見で示された今後の関係性だ。
それはきっと、セレニアのほとんどの人を安心させる決断。
しかし一部は、切なさを飲み込むしかない結果でもあった。
浮かない様子のキリハを盗み見て、ディアラントがさりげなく彼の腰を叩く。
それで顔を上げてきたキリハに、ディライトは優しく笑いかけてやった。
大丈夫。
ターニャを信じろ。
師匠の微笑みがそう語る。
「しかしながら、完全に不可侵としてしまっては、和平条約や不可侵規定の意義や目的が風化してしまいます。そこで、この空軍施設跡地からライザ海岸までの区域を、定期的な会合を行う交遊空間として整備いたします。西側にも同じような区域を作り、その空間でだけは、人間とドラゴンが触れ合ってもよいものとします。」
「………っ」
「ただし、交遊空間に入れる者は、基本的に宮殿関係者および学術研究を目的にした方々に限るつもりです。ドラゴン側でも、リュドルフリアさんやレティシアさんを筆頭に、人間に害意を一切持たない者に限定するとのことです。」
師匠の微笑みは、こういう意味だったのか。
キリハは思わず胸元を握る。
ターニャは、最後の最後で抜け道を用意してくれた。
もちろん政治的な理由もあっただろうけど、自分がリュドルフリアやレティシアたちと絆を深められる機会を確保してくれたのだ。
「この会見で発表することは以上です。後日聴聞会を開きますので、ご質問やご意見はそこで受け付けます。開催通知をお待ちください。そして、最後に……」
そこで、ずっとカメラを見つめていたターニャがこちらを見た。
「キリハさん。最後にあなたから、あなたとリュドルフリアさんの気持ちを伝えてあげてください。あなた方の想いが、少しでも多くの方の心に残ることを祈ります。」
先ほどまでの
どこまで通用するから分からないけれど、何もせずに妥協して飲み込むより、伝えるだけ伝えて、届かなかった悔しさを噛み締める方がいいはずだ。
ターニャの言葉と態度が、そんな風に自分の背中を押してくれた。
「―――うん。」
力強く頷いたキリハは、ターニャがいた演説台の真ん中に堂々と立った。
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