唐突に襲う危機感

 キリハが息をつまらせたのを感じ取ったレクトの声が、すっと低くなる。



「ここまではいいな? 今言ったことを理解した上で、もう一度写真を見てみろ。」

「………」



 強張って動きにくくなった視線を動かし、写真の一枚一枚に意識を向ける。



「決してお前を怖がらせたいわけじゃないが……お前以外の人間が一人で写っている写真を取り分けてみろ。何か、共通する点がないか?」



 震える手で、言われたとおりに写真を分別する。



 メイにナスカ。

 サーシャやカレンにララ。

 孤児院や中央区の子供たち。



 これは―――



「みんな……俺の大事な人だ……」

「ふむ…」



 レクトの声にこもった険しさが、さらに増す。



「すでにターゲットは決めてある、と……そう言いたいのかもしれん。」



「ターゲットって……」



「おそらくは、こちらがこの手紙の差出人の気にさわるような行動をした場合、そいつは写真に写っている人間から手を出すつもりなのだろう。」



「そんな…っ」



 自分だけの問題かと思っていたのに、自分以上に他の皆の危機じゃないか。



「落ち着け。あくまでも私の推測……と、言ってやりたいが……可能性がゼロだとも言い切れないのが難儀なところだ。」



 狼狽うろたえるキリハに、レクトはそんな曖昧あいまいな言葉を寄越すしかない。



「それにしても、見事に女と子供だけとは…。お前の周りにいる男どもに手を出しても、返り討ちにされる可能性が高いことも把握しているようだな。」



 確かに。

 言われてみれば、ルカやディアラントといった男性が写る写真が見事にない。



 普段あんなに一緒にいる彼らの写真だけがないのは、よく考えれば不自然。

 差出人が意図的に弾いているとしか考えられない。



「なんとも頭が切れる犯人だ。……それ故に、とんでもなく悪質だな。すでにこれだけターゲットがいる状況では、一人一人に護衛を手配するのも厳しい。近場の人間から守っていく間に、一番遠くの人間に害が及ぶ可能性も否めないな。」



「ど……どうしよう…っ」



 手紙の意味を理解した時には、もう手詰まり状態だなんて。



 キリハは、顔を真っ青にするしかなかった。



「大丈夫だ。今話した危険性は捨てきれないが、まだ事は起こっていない。」



 レクトは冷静にそう告げた。



「この手の奴は、とにかく自分のことを意識してほしいだけだ。こちらが下手に反応すれば、行為がエスカレートしてしまう。今のところ、何かしらの要求を吹っかけられたことはあるか?」



「いや、ないけど……」



「ならば、無関心を貫くのが利口だな。意味を教えた私が言えた口ではないが、今までどおり、この写真に込められたメッセージには気付いていないように振る舞っておけ。写真に悩んでいるような素振りを見せるのも我慢しろ。」



「そんなこと……」



 気付かないふりなんて、今さらできるわけがない。

 もしかしたら、自分が知らないところで、大切な誰かが危険にさらされるかもしれないのに。



「話は最後まで聞け。」



 とっさに口から飛び出しかけた反論は、瞬時にレクトに遮られてしまった。



「あくまでも、表向きはという話だ。この状況でお前が誰にも相談を持ちかけていなかったことは、ある意味強い手札になりえる。」



「……どういう意味?」



 レクトが何を言いたいのか分からなくて、キリハはすがる思いでそう訊ねる。



「お前から手紙の件が拡散されていないということは、この手紙はお前にとって、相談するまでもない些末な問題だということ。つまり今の段階では、お前の関心を一切得られていないと、犯人はそう思っているだろう。犯人の目的が何かは分からんが、手紙に関心すら持たれていない状況では、あちらも次の行動には移りにくいはずだ。その心理を利用しろ。」



 レクトは淡々と述べる。



「ようは、犯人にばれないように平常心を装いつつ、水面下で周りに協力を頼めばいいのだ。とはいえ、変に噂が立っては元も子もない。巻き込む人間は、このことを聞いても取り乱さず、お前と共に平常心を装える人間に限定した方がよさそうだがな。」



「……少し、考えてみる。」



 レクトが丁寧に導いてくれたおかげで、ほんの少しだけ気持ちが落ち着いた。

 しかし、今が笑えない状況であることは変わらない。



 突然降って湧いたような危機を受け止めきれない心につられて、体中が冷えきって震えていた。


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