レクトの影響を知る手がかり

 もう慣れたドラゴン討伐。

 キリハはいつものように、誰よりも前に出て《焔乱舞》を振っていた。



 最近はいくつかの合図を作ることで、自分が仲介しなくてもレティシアたちと連携が取れるようになってきた。

 そのおかげで、自分も前線に戻れるようになっている。



 果てのないドラゴン討伐。



 レティシアたちがドラゴンを安全地帯に誘導してくれることもあり、人々や建物への被害は想定よりも遥かに少ないそうだ。



 それでも、街の復旧に奔走する警察や消防などは大変だろう。



『大丈夫。折り返しを越えてから、かなり経つんだ。あとひと踏ん張りだよ。』



 フールはやけに自信に満ちた口調でそう言っていたが、彼にしか分からない何かがあるのだろうか。



 そんなことを頭の片隅で考えながら、ドラゴンに向かって身を躍らせる。





「―――ほう…。こやつは、私が過去に狂わせた奴だな。」





 脳内に声が響いたのは、まさにドラゴンへ斬りかかろうとした時のことだった。



「!!」



 染みついた本能が、動揺でぶれた軌道を刹那の間に修正。

 予定より浅い傷にはなったが、端から見る分には違和感を抱かせない動きで、ドラゴンとの距離を調整する。



(び、びっくりしたぁ…。うっかり、剣を落とすところだったよ。)

「すまん…。心の声が、お前にも届いてしまった。」



 言葉どおり、レクトの声には若干の気まずさが。



(まあ、この程度で怪我なんかしないけど…。それより、もしかしていつも俺の視界を見てるの?)

「誰がそんなストーカーみたいなことをするか。」



 すぐさま否定された。



「こうして能力を使うのも、それなりに疲れるのだ。それにこの能力には、一人にしか使えないという制限もあってな。たとえば、シアノの感覚を借りている時は、お前の感覚は借りられない。」



(へぇ…。そうなんだ。)



「うむ。そろそろシアノに会いに来てくれと頼もうと思って、お前の視覚にリンクしたら……目の前に、かつての同胞がいただけだ。」



(そうだったんだ……)



 普通に流しかけて、はたと疑問に思う。



(何か、他のドラゴンと違いがあるの? 俺には、暴れてるドラゴンにしか見えないんだけど。)



「目だな。」

(目…?)



 そう言われたので、戦闘の合間にドラゴンの瞳を盗み見る。

 しかし、これといった情報は得られなかった。



「まあ、分かりにくいだろうな。リュドルフリアやレティシアと違い、私の血は肉体に変容をもたらさないから。だがよく見ていると、時たま瞳の奥に、もやがくすぶったような揺れが確認できる。」



(靄か……)



 今度は、もう少し注意深くドラゴンの瞳を観察。



(あ…)

「分かったか?」



 訊ねられ、心の中だけで頷く。



 本当によく見ないと分からない、黒っぽい靄。

 しかもそのくすぶりは、時たま数秒しか見られない。



 そのささやかすぎる特徴に目をらしていて、わずかに注意が現実から逸れた。



「キリハ!!」

「!!」



 二つの声が脳内を揺らして、ハッとしながら身を翻す。

 その直後、つい先ほどまで自分がいた場所をドラゴンの爪が通過した。



 自分としてはまだ余裕の範疇はんちゅうだったが、他の人々からしたら肝が冷えたのだろう。

 特にルカやサーシャは、顔面蒼白になっていた。



「この馬鹿!!」



 無事にドラゴン討伐が完了した後、自分を現実に引き戻したディアラントとレティシアに再度怒鳴られることになった。



「いくら余裕でも、下手に気を抜かない!」

「あんた、前科があるんでしょ!? 同じことを繰り返すのは、愚か者がやることよ!?」



「あうう…。二人して、そんなに怒らないでよぉ……」



 つい条件反射で地面にひざまずき、キリハはしょげた子犬のように身を縮こまらせる。



 何故だろう。

 周りと仲良くなればなるほど、周りから説教を受ける頻度が増えていく。

 自分は普段から、そんなに怒られるようなことをしているだろうか。



「うむむ……」

「まったくもう、納得できませんって顔をして。」



 しっくりとしない表情でうなるキリハの頭を、ディアラントがぐるぐると掻き回す。



「ちょっとは反抗期らしい態度を見せるようになったじゃないの。」



「え…? あ……別に今のは、ディア兄ちゃんに怒られたことが嫌だってわけじゃなくて……」



「あー、いいって。そんな無駄な心配しなくても。むしろ、お兄ちゃんは安心だよ。自立心が芽生えることは重要。今までのキリハじゃ、心配要素ばっかだったからなぁ。」



「………?」



 どういう意味だろう。



 ちんぷんかんぷんなキリハは、無垢な仕草で小首を傾げるしかない。

 そんなキリハに、ディアラントは眉を下げて微笑んだ。



「そういうところだよ。ほら、そろそろ立て。」

「あ、うん……」



「口うるさいのは勘弁な。みんな、お前が可愛いからこうなるってだけだから。」

「それは、分かってるつもりだけど……」



「ん。ならよし! 今後は気をつけろよ。」



 最後に破顔して、ディアラントは後始末に忙しい皆に合流していった。


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