暖かい世界の裏に佇むのは―――

「……ディア兄ちゃんってば、結局どういう意味だったのかな?」

「さあ…。私には、あいつの言葉までは分からないんだってば。」



 最近の癖でレティシアに問いかけた結果、そんな返事が来る。

 なので、今しがたディアラントに言われたことを共有。

 すると。



「あいつ、若いくせに達観してるわね。子育ての経験でもあるのかしら。」



「子育てかぁ…。ディア兄ちゃんは四人兄弟の一番上だし、孤児院のみんなの面倒も見てくれてたし、その経験かな?」



「ふーん。へらへらしたアホに見えるけど、案外苦労人なのねぇ。あんたを見習ったせいでこうなっちゃって、どうしてくれるんだって思ってたけど、そういう言葉が出る辺り、それなりに責任は感じてたってことね……」



「えーっと……つまり、どういうこと?」



 一人で納得してしまうレティシアに、キリハは再度訊ねる。

 彼女からの答えは……



「そのうち、分かる日がくるわよ。」



 解説を放棄したとも受け取れるものだった。



「ええっ!?」



「これは経験で学ぶたぐいのものよ。口で説明したって、どうせピンとこないわよ。親の心子知らずってね。」



「そんなー…」



「むくれないの。あんたが当事者として悩んだ時には、ちゃんと相談に乗ってあげるから。それはそうと、早くあっちに行ってあげなさい。みんな、あんたと話したそうよ?」



「あ…」



 言われて、他の皆が作業の合間にちらちらとこちらを見ていることに気付く。



 仕方ない。

 こういう時のレティシアが必要以上に語らないのは知っているし、一瞬とはいえ皆に心配をかけたのは事実だし、今は素直に引いてあちらを優先しよう。



 不満げな表情を取り下げたキリハは、気持ちを切り替えて皆の元へと駆け寄っていった。



 少しずつ慣れてきたとはいえ、レティシアに近づくには勇気が必要なのかもしれない。

 自分がレティシアから離れると、皆はどこか安堵した様子で作業の手を止めた。



 真っ先に飛び込んできたのはルカ。

 容赦なしのげんこつをお見舞いされ、カレンとの連携プレイで説教の嵐にさらされることに。



 二人の性格を分かっていなかったら、思い切りへこんだと思う。



 さらにサーシャやミゲルからは、体調が悪かったり悩みでもあったりするのかと、予想外の疑いをかけられてしまった。



 そんなことはないと慌てて言い繕ったが、無意識でも反応できる自分が対応に遅れるなんて、そのくらいの理由しか思いつかないと言われる始末。



 ああ、レクトと話していたと言えないのがもどかしい。

 なんの問題もないと、どうやって納得してもらおう。



 そんな時、ふと近くをジョーが通りかかったので、たまらずヘルプを要請。



 自分に泣きつかれて一瞬驚きつつも、すぐに状況を察した彼は、「キリハ君があの程度でやられるわけないでしょ。みんな心配しすぎ。」と、味方に回ってくれた。



 二年近くを宮殿で過ごして分かったが、複雑な出来事がありながらも、ディアラントの次に水が合うのはジョーなのである。



 なんだか価値観が似ているというか、根本的な部分は同じ領域にある気がするというか。

 ルカとは方法が違うがフォローしてくれることも多いので、つい頼りにしてしまう。



 その結果、「キー坊寄りの天才肌のお前には、一般人の気持ちは分からん! お前はもう少し、心配って言葉の概念を覚えやがれ!」と、ミゲルに説教されるはめになっていたのは、申し訳なかったけど……



 騒がしくも、最終的には皆が笑顔。

 こんな日々が楽しくて、胸が熱くなるほどに愛しく思える。



 誰かと触れ合うことでしか得られない世界。

 その暖かさを噛み締める脳裏に、孤独にたたずむレクトやシアノの姿が浮かぶ。



(ねぇ、レクト。レクトたちも、こんな優しい世界にいてもいいんだよ…?)



 今伝えたい気持ちを、心の音に乗せる。



「………」



 しかし、肝心のレクトからの返事がなかった。



(レクト…?)



 訊ねてみるも、そこには静寂が広がるだけ。

 その後どんなに呼びかけても、彼が応えてくれることはなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る