俺は、ユアンじゃない。
次の連休。
レクトの頼みを聞いて、シアノに会うために洞窟を訪れた。
慣れているシアノはともかく、お前にこの行き道はきついだろう、と。
初めて会ってからというもの、気を
おかげで自分は大助かりだ。
「そういえば、レクト。この前のドラゴン討伐の時、途中からいなくなった?」
ふと先日のことを思い出し、キリハはレクトに訊ねる。
それに対し、レクトは肯定の意を示して頷いた。
「ああ。今の血の量では、せいぜい二十分ほどが限界なのだ。それに、あの状況でお前の邪魔をしてもな…。私の声に気を取られよって、あの後怒られなかったか?」
「うう…っ。怒られました……」
「ほらな?」
痛いところを突かれて
「……ん? ってことは、俺がもう少しレクトの血を飲めば、今よりも長く俺の感覚を共有できるの?」
「そういうことだが……」
途中で何かを察したのか、レクトの声が尻すぼみに小さくなっていく。
「お前まさか、もう一度私の血を飲もうと思ってないか?」
「うん。」
別に隠すつもりはないというか、レクトの返答次第でそう頼むつもりだったので隠す意味がないというか。
そんな心情から、キリハは素直にレクトの推測を認めた。
「それは、やめておいた方がよくないか?」
少し
「どうして?」
「うむ…。お前の周りが世話焼きになる理由が、よく分かった。」
「え?」
「はぁ…。よく考えてみろ。」
嘆かわしいと言わんばかりの重たい溜め息を吐き出し、レクトは語る。
「これまでの話を覚えているなら、言われずとも分かるだろう。私の血を受け入れる量が多くなるほど、私に体を乗っ取られる危険性が高くなる。抗おうとしたところで、意識を現実から切り離されたら、抗いようもないのだぞ?」
「だから?」
「………っ」
一瞬も間を置かないキリハの切り返しに、レクトはとっさに言葉につまる。
こちらをまっすぐに見つめる少年は、血を受け入れる危険性を分かっていないわけではない。
むしろ全てを理解している上で、あえてその一言を放ったのだと。
相手にそう知らしめるだけの力がこもった、
それが、レクトの言葉を封じ込めたのだ。
「そんなこと、俺だって分かってるよ。」
キリハはレクトから目を逸らすことなく、そう告げる。
「でも、その程度のことを怖がってて、どうやって今を変えていくの? レクトにだって失礼じゃん。」
「いや、失礼という次元ではなくてだな。これは、自分の身を守るために必要な距離感と分別というだけで……」
「それでレクトは、本気で俺を信用できる?」
「それは……」
「ほらね。そんな中途半端だったら、俺だって信用できないよ。それはレクトのせいじゃないから、気にしないで。」
一つ息をついたキリハは、再度レクトを見上げる。
「俺はね、レクトとちゃんとした友達になりたいんだ。俺のことを信用してほしい。だからまずは、俺がレクトのことを本気で信じる。そんな風に、いちいち俺を試して距離を置かないでほしいな。」
「いや、そんなつもりでああ言ったのではなくて、私はただ事実をだな……」
どこか歯切れの悪いレクトを見るキリハの目が、すっと細くなる。
「レクト。俺は、ユアンじゃない。」
はっきりと、キリハはレクトにそう告げた。
「………っ」
その瞬間、レクトが明らかに返答に窮した。
その隙を
「この目がユアンを思い出させるっていうのは、俺じゃどうしようもないから何も言わない。でも、俺はユアンじゃないってことだけは忘れないでほしい。」
「………」
ついに、レクトは閉口してしまう。
レクトと話すようになって、もう一ヶ月以上。
何度も声だけのやり取りをして、時にはこうして面と向かって話して。
その中で、何度彼との間に壁を感じたことだろう。
シアノが会いたがるから、自分が彼のテリトリーに入ることは許してくれている。
だからといって、彼が自分に心を許したわけじゃない。
その事実に、時おり胸が空くような心地になる。
そりゃあ確かに、信頼関係なんて一朝一夕にできるものじゃない。
特に、ユアンが嫌いで人間に懐疑的なレクトに自分を受け入れてもらうのは、本当に難しいことなのだろう。
でも、自分はそのくらいで諦めたくない。
ユアンの遥か遠い血縁者だからといって、人間が竜使いを見るように、
たとえ自分がユアンと同じように、ドラゴンと人間が共に歩める世界を夢見ているとしても。
今ここにいるのは、キリハという別の人間だから。
「俺も、過去のことは抜きにしてレクトだけを見る。だからレクトにも、ユアンのことは抜きにして俺自身を見てほしいんだ。」
大丈夫。
きっと伝わる。
きっと変えられる。
だって自分は、小さな範囲でも人間を変えてきた。
竜使いと普通の人が笑い合える世界を、自分の手で作ってきたんだ。
こうなったら、とことん欲張ってやる。
自信と希望を宿した眼差しで、キリハはレクトの返事を待った。
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