仲間になれる条件

「―――ああもう、分かった。もう何も言わん。血が欲しいならくれてやる。」



 押しに押した結果、レクトがなかば投げやりにそう告げた。



 とりあえず、この場は自分が勝ったようだ。

 キリハはにこやかに笑った。



「えへへ、ありがとう。」

「断らせる気などなかったくせして、何を言うか。」



 レクトは心底複雑そうだ。



「まったく…。私と感覚を共有できる時間が長くなったところで、お前に得などなかろうに……」

「そんなことないよ。今は、その時間が何よりも大事だから。」

「んん?」



 どういう意味だ、と。

 レクトが半目で先を促してくる。



「レクトに、俺が見ている世界をもっと見てほしいんだ。すぐには無理でも……いつかきっと、リュドルフリアが人間が美しいって言った理由が分かるはずだから。」



 一度は人間を根絶やしにしようと思ったところを、一人の少女に止められて。

 人間が嫌いだったはずなのに、人間であるシアノを拾って育てて。

 そして、シアノの視界から自分たちを眺めて、人間が美しいのか醜いのか、余計に分からなくなったと。



 レクトはそう語った。

 そこには確かに、ユアンからは得られなかった変化があった。



 偶然とはいえ、自分はレクトの変化に関与できている。

 ならば、その変化を後押ししないでどうする。



 チャンスは、掴める時に掴まないと意味がないのだから。



「………」



 レクトは無言。

 今度は、そこに突っ込まないことにする。



 無理に矯正するのは、本当の意味の変化じゃない。

 あとは時間をかけて、ゆっくりと向き合っていこう。



「ねぇ、シアノ。」



 そこでキリハは、ずっと自分の腕の中で大人しくしていたシアノに声をかけた。



「今度さ、一緒に出かけない?」

「一緒に?」

「うん。」



 不思議そうなシアノに、キリハは頷いてみせる。



「もう大分だいぶ暑くなってきたから、服とかタオルとか、たくさん買わなきゃ。ついでに、美味しいものも食べに行こっか。」



 山の中は涼しいとはいえ、やはり暑いものは暑い。

 自分のおさがりをあげ続けるのもどうかと思うし、貯まっているお金をぱーっと使ってしまおう。



「………っ」



 エリクと三人で出かけた時のことでも思い出したのかもしれない。

 こちらの提案を聞いたシアノが、表情をキラキラと輝かせた。



「うん! 行く! 何食べるの!?」



 おやおや。

 ついでの方の食事に飛びつくとは。



 やはり子供は食い気が一番か。

 まあ、そんなことを思う自分だってそうなんだけど。



 満面の笑みを浮かべるシアノに、キリハも嬉しそうに笑う。



「んー、何が食べたい?」

「えっと……ハンバーグ! この前より大きなやつ!」



「お、王道だねー。いいよ。その後、甘いものも食べに行こうか。カレンから、美味しいケーキのお店を教えてもらったんだ。」

「ケーキ! 見たことあるよ!」



「見るだけじゃなくて、今度は食べるんだよー? そうだ、ルカやエリクさんも呼ぶ?」

「………っ」



 その二人の名前が出た瞬間、シアノの言葉が途切れた。

 明るい表情は強張り、赤い双眸には深い影が差す。



「ううん……ルカとエリクには、会わない。」

「どうして?」



 キリハは動じることなく、できる限り優しく訊ねた。



「二人は……まだ、仲間じゃないから。」



 シアノはそう言うと、自分の腹に回していたキリハの腕をぎゅっと握る。



「そっか…。分かった。」



 そんなシアノを、キリハはぎゅっと抱き締めてやる。



 微かに震える小さな体。

 本当は会いたいのに、必死に我慢しているのが丸分かりだ。



 この一ヶ月ばかり、シアノは自分を歓迎してくれる一方で、ルカとエリクのことは頑なに拒んでいた。

 その線引きは、シアノが仲間と思えるかどうか。



 そして、シアノが仲間だと思える基準は、おそらく……



「………」



 レクトは何も言わないまま、目を閉じて寝たふりを決め込んでいる。



 どう考えたって前途多難。

 シアノに仲間を増やしてあげたいとは思うが、基準をクリアするためのハードルが高すぎる。



(とにかく、まずは俺がレクトとシアノに信用されなきゃだめだよね。)



 シアノに押し一手でアプローチしてもだめなことは、以前の出来事で十分に学んだ。

 今はこの子の世界を広げるよりも、この子にまた拒まれないことを優先して行動した方がいい。



 あんなに悔しくて切ない思いは、もうしたくないから。



「大丈夫だよ。俺はちゃんと、レクトとシアノの味方でいるからね。」



 どうか、シアノがもっと笑えるようになりますように。



 そんなことを願いながら、キリハは何度もシアノの頭をなでていた。


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