ひっくり返る認識

 その後はいつもどおりの時間を過ごし、皆で夕食を取ってから部屋に戻った。



 ドアを閉めて、忘れないうちに鍵をかける。

 そうして、ほっと一息ついたところで―――



「シアノの目を通して見ていても思ったが、ルカは随分と頭の回転が早いな。」



 ふと、脳内にレクトの声が響いた。



「うっわ!?」



 唐突な出来事に、キリハはその場で思わず飛び上がる。



「ん? どうした? それだけの血を飲めば、離れていても会話ができるようになると、昨日ちゃんと言わなかったか?」



「い、言ったけど……急だったから、びっくりしちゃった……」



「安心しろ。あの量では会話ができるのと、視覚と聴覚が分かる程度だ。お前が知らない間に、お前の体で好き勝手できるほどではないよ。」



「そっか……」



「やはり、怖くなったか?」



「そんなことない。」



 最後の言葉には即で言い返し、キリハは微笑みを浮かべた。



「ルカって、本当に頭いいんだよねー。なんか、将来は弁護士を目指してるんだってカレンが言ってた。」



「なるほど……だからあの観察眼なのか。食事の間、お前のことを注意深く観察していたぞ? お前がまた無茶をやらかさないか、心配していたのではないか?」



「え、ほんと? ……もう、ルカったら。相変わらず気遣いが分かりにくいんだから。」



「弁護士というと、表情や態度に思っていることを出したら、交渉に負けるからな。そうなるのも仕方あるまい。」



「単純に褒められるのが苦手だから、気遣いに気付かれたくないだけって気もするけど。」



「ははは。私には、そこまでは分からんよ。」



 他愛もない話をしながら、リビングへと向かう。

 そしていつもそうするように、郵便受けに届いていたプリントなどに目を通していると。



「またか……」



 淡い紫色の封筒が視界に飛び込んできて、気分が一気に滅入ってしまった。



「ん? なんだ、それは?」



 声からこちらの心境を察したのか、レクトがそう訊ねてくる。



 さすがに気味が悪くなってきたので、誰かに吐き出したかったのかもしれない。

 問われた瞬間、意識するよりも先に口が動いていた。



「二~三ヶ月前くらいから、変な手紙が届くんだよね。」



 言いながら、中身を抜き出す。



「これは……」

「ね? なんか、気持ち悪いでしょ?」



 うめくレクトに同意を求めながら、溜め息をつくキリハ。



「差出人は?」

「それが分かったら苦労しないよ。そろそろ、ディア兄ちゃんたちに相談した方がいいかなぁ…?」



「ふむ……別に止めはしないが、すすめもしないな。」

「どうして?」



「お前……もし取ってあるなら、これまでの写真を全部見せてみろ。」

「へ? う、うん……」



 レクトの声に呆れた雰囲気が混じったのが気になったが、ひとまずは言われたとおりに、これまで送られてきた写真の数々を見せる。



「やはりな……」



 写真を全て見たレクトは、深刻そうな吐息を一つ。

 それに対し、キリハはいまひとつ要領を得ていない表情でうなる。



「うーん…?」

「やれやれ……」



 レクトはまた息を吐きながら、この写真から述べられることを話し始めた。



「この写真をよく見てみろ。お前がいたという孤児院や、エリクの家まで写っていないか?」



「うん。それが?」

「お前……危機感がなさすぎるぞ。」



 レクトが苦々しく、そう言った。



「分かりやすく言うと、これはお前のプライベートを知り尽くしているというメッセージだ。見方を変えれば―――〝妙な真似をするなら、お前の大事な人間に手を出すぞ〟という脅しとも取れる。」



「―――っ!?」



 ただの嫌がらせかと思っていた写真に込められた、とんでもないメッセージ。

 レクトの言葉が脳裏で木霊こだまして、途端に背筋が凍りついた。


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