荒れる心

 こんなつもりじゃなかった。

 自分が不器用で、良好な人間関係を築く能力が圧倒的に低いことは知っている。



 お前となんか、誰も親しくしたがらない。

 そう言われたこともしばしばだ。



 だから、仕方ないと納得して受け入れてきた。

 今さら自分の不器用さは変えられないし、間違ったことをしているつもりはない。

 それで孤立してしまうなら仕方ないことだし、別に構わないと思っていた。



 でも、それはあくまでも自分だけの話。

 決して、周囲をここまで追い詰めるつもりはなかった。



「くそ…っ」



 小さく吐き捨て、ルカは唇を噛む。



 せっかくシャワーを浴びて汗を流したというのに、爽快感を味わえないばかりか、心はむしろささくれ立つばかりだ。

 静かに荒れる心は、様々なことを考えさせる。



 思えば、宮殿に来てからというもの、何かが変わった気がする。

 一人なのはいつもと変わらないのに、中央区にいた時のように孤立はしていなかった。



 ここに来て初めてできた、仲間という存在。

 所詮は義務の上に成り立つ、形だけの関係だと思っていた。



 でもそれは、キリハが加わってから少しずつ変わっていった。



 皆が徐々に歩み寄り始め、気付けばキリハやカレンだけではなく、ミゲルたちといった竜使い以外の人間も、少なからずこちらに目を向けるようになった。

 もちろん声をかけられても無視を決め込んでいたが、最近では声をかけられると、思わず立ち止まってしまうこともあったような気がする。



「はっ…。結局、オレもほだされてたってわけか。」



 自嘲めいた空笑いが口から漏れた。



 どれだけ意地になって周囲を拒絶しても。

 いくら目の前の変化を認めたくなくても。



 こうして思い返せば、自分もその変化に巻き込まれていたのだと知る。

 抗いようもなく、少しずつ、少しずつ変わっていってしまうのだ。



 それなのに……



「―――っ」



 唇を噛んだ勢いで、柔らかい皮膚を切ってしまったようだ。

 口腔内に広がっていく鉄臭い味に、心がますますすさんでいく気分だった。



 孤立するのはどうでもいい。

 これも自己責任だと、随分昔に割り切っているから。





 でも、だからといって――― 彼女に、あんな顔をさせるつもりはなかった。





 生まれて初めて見たカレンの涙が、脳裏にこびりついている。



 昔から、ひどい怪我をしても、どんなに理不尽な目に遭っても泣かなかったくせに。

 今日彼女は、初めて自分の前で泣いた。



『これ以上、あんたのそのつらそうな顔を見ていたくないのよ!!』



 そんな、馬鹿げた理由で。



「くそ…」



 自分への苛立ちが募っていく。



 違う、と。

 心がそう叫んでいる。



 彼女にあんな顔をさせたかったわけじゃない。

 あんな言葉を言わせたかったわけじゃない。



「………」



 ルカは自分の手を見下ろす。



 つい、いつもの癖で振り払ってしまった手。

 普段は何も感じないのに、それが今となってはこんなにも不安を煽ってくる。





 毎日毎日、どんなに振り払ったって、しつこいくらいつきまとってくるくせに……





 ぼんやりとそう思って、はたと自分の心の本音に気づく。



 カレンもキリハも、自分がどんなに邪険に扱ったところで懲りずに近寄ってくる。

 どうせそうだと思って、それを疑ったことなどなかった。



 だけど……



 未だに目覚めないキリハが。

 初めて涙を見せたカレンが。

 今度こそ、自分から離れていってしまうかもしれない。



 そう思うから、今は不安なんじゃないだろうか。



 彼らを疑っていなかったんじゃない。

 彼らが離れていくかもしれないなんて疑わないほどに、自分が彼らに離れないでいてほしいと願っていたから。



(オレは……気に入ってたのか…?)



 自分の中にいくつもの嵐を巻き起こしていったキリハのことも。

 認めたくなかったはずの変化も。

 なんだかんだで孤立はしていなかったこの日々も。

 隣にいるのが当たり前になっていたカレンのことも。



「………」



 ルカは目を伏せる。



 昔からずっと、世界の全部が気に食わなかった。

 どうして自分は竜使いとして生まれてしまったのかと悩み、周囲の理不尽な態度にどうしようもない怒りを感じていた。

 同じ境遇の竜使いの人々を憐れに思う一方で、仕方ないと諦めている彼らに苛立ちを覚えている自分もいた。



 そんな心境から、周囲を敵視しすぎていたせいかもしれない。

 今は、味方だと分かりきっている相手に対してさえ、どう接すればいいのか分からない。



 周りのことなど、気にする必要もない。

 どうせ、自分は独りなのだから。

 それなのに……



 胸がちくちくと痛む。

 孤独になるのは仕方ないと思っているのに、こうもいたたまれない気持ちになるのは何故なのだろう。



 その答えを、この時の自分には見出すことができなかった。


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