裏切り者の末路

 建物の中は、僕がこっそりとばらまいた毒で惨憺さんたんたる状況に陥っていた。



 想像どおり、動ける大人はゼロ。

 まあ、こうなるように細かく計算したんだから、当たり前の結果だけど。



 僕が一切抵抗しなくなったからって、それなりに自由を許したのがいけないんだ。

 おかげで建物の構造も把握できたし、気付かれずに毒を仕込めるポイントも網羅できたよ。



 至る所で、大人たちがばたばたと倒れている。

 全然動けないあいつらに微笑みを向けてやると、あいつらは化け物を見るような目をして怯えた。



(どいつがいいかなぁ……)



 悲鳴と泣き声が飛び交う建物を、のんびりと歩きながら考える。

 そうして一つのドアを開けた先で、面白いものを見つけた。



 そこは、端的に言えば管理室とでも言えばよかったのだろうか。

 建物に設置された監視カメラの映像が映るモニターと、たくさんのパソコンが並ぶ部屋だった。



 とりあえず、現在地くらいは把握しておこうか。

 そう思った僕は、そこでも倒れている有象無象のことは放置で、パソコンに向かう。



「………っ」



 キーボードに指が触れようとした刹那、憎たらしい兄の顔が浮かんだ。



「……馬鹿なお兄ちゃん。」



 呟きながら、キーボードを叩き始める。



 船に乗せられてどこに連れてこられたのかと思ってたら、セレニアじゃないじゃん。

 ここ、なんて国なの?



 どうでもいいことを考えながら、プログラム画面を立ち上げて、長いコードの羅列を打ち込む。



「お兄ちゃんが負けず嫌いなのを知ってたし、僕もこっちには興味がなかったから、あえて言わなかったのに。」



 本当は、お前が打つプログラムなんて、一目見ただけで覚えてたんだよ?

 わざわざお前と話を合わせるためにそれを復習して、僕なりの改良も加えた後だったんだ。



 お前の実力なんて、とっくの昔に超えてたんだよ。



 ほらね?

 あっという間に、セレニア警察のシステムに入り込めちゃったよ?



 お前が僕を裏切らなければ、この技術を使うつもりなんてなかったのになぁ……



 通報まであと一歩。

 そこでふと手を止めて、足元に転がっている馬鹿を見下ろす。



「ひっ……」



 僕に見下ろされたそいつは、てついた目を大きく見開いて、歯をガチガチと震わせていた。



「ねぇ、一つ訊きたいんだけど…。―――お兄ちゃん、死んだ?」



 淡々と。

 無感動に、そう訊ねる。



「死にたくなかったら、正直に答えな?」



 言い訳をさせるつもりなんかなかったので、さっさと脅して吐かせることに。



「あ、ああ…っ。死んだ……死んだよ! リーダーの指示で、バラバラにして海に捨てた。もう、何も残ってない…っ」



「そう…」



 そっかぁ。

 結局、死んじゃったんだ。





 ―――ラッキーだな。





「助けてほしい?」



 ちょうどいいから、使うのはこいつでいいや。

 そう思って、ポケットからキャップの閉まった試験管を取り出して見せる。



「これね、完全無効薬。ただの解毒薬じゃあ、そのうちまたガスにやられちゃうけどぉ……これなら、僕みたいにピンピン動けるようになるよ?」



「………っ!?」



「欲しい?」



「欲しい……欲しいです! どうか……どうか、助けてください…っ!!」



 体が少しでも動いたなら、土下座でもして額を床にこすりつけていたんだろうな。

 必死なそいつを見ていると、さらに胸の奥が冷える感覚がした。



「じゃあ、僕の言うことを聞いてくれる?」

「はい! なんでも、なんでも言うことを聞きます!! だから……だから…っ」



 涙で顔をぐちゃぐちゃにして、そいつは何度も頷く。



 あーあ、チョロいチョロい。

 でもまあ、ここまで怯えてるなら、僕の言いなりにはなってくれるか。



「そう…。じゃあ、特別にあんただけは助けてあげる。上手く働いてよ? あんたのケータイ、常に僕の監視下に置いとくからね。」



 最強の脅し文句を叩きつけておき、そいつの口に無効薬を流し込んでやった。



 その後、そいつがまともに動けるようになるまでは、自宅のネットワークに侵入して暇潰しをしていた。



 見るのは当然、あのくそ兄貴のパソコンデータ。

 そこに残っていた、兄とこいつらのやり取り。



 僕が嫌いだという決定的な記述はそこになかったけど、少なくとも、兄が僕をこいつらに売ろうとしたのは事実であることが分かった。



 見れば見るほどに、心が闇に覆われていく。

 それをひしひしと感じながら、動けるようになったそいつは、さっさと建物から逃がした。



 あいつには、やってもらわなきゃいけないことがあるからね。



 それからその辺に落ちている携帯電話を使って、父さんに電話をかける。



「アル……アルなのか!? 一ヶ月以上も……今、どこにいるんだ!?」



 電話に出た父さんは心底驚いて、涙声で必死に問いかけてきた。



 一ヶ月以上……

 体感的には数週間くらいだったんだけど、そんなに時間が経ってたんだ。



 そんな感想を抱いたけれど、それで心は揺れない。

 久しぶりに聞く父さんの声にも、なんとも思わなかった。



「さぁ…? ここがどこなのか、僕も分からないんだ。とりあえず、今から警察のシステムに攻撃を仕掛けるから、どうにか逆探知してよ。―――ここにいるお馬鹿さんたちが、死ぬ前にね。」



 そう告げて、一方的に電話を切った。


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