〝背負っていたい〟

「正直、あの時が一番しんどかったよ。時間が巻き戻ってくれたらって、しょうもないことを本気で考えた。頭ん中が真っ白で、自分がやったことが信じられなくて……ほんと、どうしようもなくてさ…。今だって時々、そのことを思い出しては怖くなるよ。」



 苦悩の表れか、ディアラントの両手は小刻みに震えている。



「でも、『おれのしかばねを越えていくなら、絶対に折れるな』って……あいつの遺言を受け取っちまったからな…。そうでなくても、これはオレが自分の意志で選んだ道だ。受け入れて、前を見るしかなかった。オレはあの時、今奪った命と、これから奪うかもしれない命を、ちゃんと背負っていこうって腹をくくった。でもな……」



 震える両手を合わせ、まるで祈るようにそこに額をつけるディアラント。



「お前に、おんなじものを背負わせたいとは思わない。しんどいのは、オレがよく知ってるんだ。できることなら、これ以上余計な責任なんて背負ってほしくない。誰も背負わないからって、何もお前が背負う必要なんてないんだ。」



 深く顔を伏せているディアラントの声に、より一層悲痛さが滲む。



「頼む。今回は、引いてくれないか? あのドラゴンたちの命はオレが背負うから、オレにお前を守らせてくれ。これは、隊長としての気持ちじゃない。キリハに笑っていてほしいって思う、オレ個人としての願いだ。」



 いつも空気を読まずにへらへらとしているディアラントが見せた、小さな姿。

 そんな彼に、すぐには言葉を返せなかった。



 二度と戻ってこない、自分の手で奪った命。

 それは総督部との勝負よりも、ドラゴン殲滅部隊の未来よりも、ずっとずっと重たい。

 そんな重たいものを、ディアラントはずっとその肩に背負っていたのだ。



 それなのに彼は、あんなに笑って前を向いていた。

 その心に罪の意識を持ちながら、それでも―――



「………っ」



 ディアラントの言葉が耳と胸に痛くて、キリハは顔を歪める。



 きっと、ここで彼の言葉を受け入れた方がいい。

 引き際があるとすれば今。



 分かっている。

 でも……





「…………ごめんなさい。」





 その言葉を口にすると、ディアラントがまた肩を震わせた。



「俺は、あの子たちを見捨てられない。ディア兄ちゃんに預けることも……怖くてできない。」



 これまで自分を支えてくれたディアラントを、傷つけているかもしれない。

 そう思うと、胸が張り裂けそうになる。



 でも、苦い確信があった。



 ここで自分が引けば、あのドラゴンたちは処分されてしまうだろう。

 ディアラントが背負うと言ったのは、きっとそういう意味だ。



「本当は、あの子たちを西側に帰してあげられるなら、それが一番いいと思ってた。ずっとは面倒を見てあげられないって、それは分かってるつもりだったから。でも、それができないんだったら、俺が納得できる方法なんて一つしかないじゃん。」



 顔を上げたディアラントは、自分の言葉を真剣な眼差しで聞いてくれている。

 その眼差しに背中を押されて、キリハは腹に力を込めて口を開いた。



「俺は、あの子たちと一緒にいたい。せめて、あの子たちが帰れる日までは、ちゃんとあの子たちを支えていたい。人間とドラゴンだし、どこまであの子たちの心が理解できるかも分からないし、俺の気持ちがどこまで伝わるかも分からないけど。それでも、やるだけやってみたい。あの子たちの命は―――俺が背負っていたいんだ。」



 この選択を、たくさんの人が間違っていると言うのかもしれない。

 お前は愚か者だと、後ろ指を指すのかもしれない。

 それでも、譲れないのだ。



 人間の命か、ドラゴンの命か。

 まだそれを割り切って選ぶ時ではないはずだ。



 だから貪欲に、どちらの命も大切にできる方法を探したい。

 そのための覚悟も決めている。



「もしあの子たちが壊れることがあるなら、その時は俺が楽にする。きっとその時には、ほむらも力を貸してくれるはずだから。」



 嫌なことだけをディアラントたちに押しつけたりしない。

 もしもの時は、ちゃんと自分でけじめをつける。



 だから今は、目の前にある命たちと等身大で向き合いたい。

 それが、《焔乱舞》に認められた自分の役目だと思う。



「………」



 ディアラントはしばらく、何も言わなかった。



 空気が止まりそうなほどに長い静寂。

 その末に。





「―――そっか……」





 そう呟いたディアラントは、その顔になんともいえない複雑な色をたたえて微笑わらった。



「キリハなら、そう言うと思った。お前って、オレにそっくりだからさ…。こうだって決めたら、とことん頑固で貪欲なとことか。なんか、鏡見てる気分だよ。……あーあ。でもだからって、無駄に責任負っちゃうとこまで似なくてもよかったのにさー。」



 どこかおどけたいつもの口調で言い、ディアラントはキリハの頭を掻き回した。



「分かったよ。やるだけやってみろ。たださっきも言ったけど、しんどくなったらすぐに言え。それだけ守ってくれれば、オレはお前の邪魔をしない。」



 困ったような口振りは、まるで聞き分けのない子供に対するそれと同じ。

 それでも彼が、自分の思いを受け止めてくれたことには変わりない。



「ありがとう、ディア兄ちゃん。」



 今感じている思いの丈を伝える。

 するとディアラントは、参ったと言わんばかりに大きな息をついた。



「あー、もう…。思ったようには動いてくれない困ったちゃんだよ。お前、レイミヤに帰る気あんのか? このまんまじゃ、オレと仲良く宮殿務め一直線だぞ?」



 言われてみれば、確かに。

 あくまでも個人としてドラゴンたちと接していたいと思ったところで、宮殿がそれを黙認できるような世情じゃないし。



「んー…。もしそうなったら、その時にまた考えるよ。なっちゃったらなっちゃったで、仕方ないし。」

「あー、開き直りやがったなぁ? じゃ、もうちょっと頭よくなんないとな?」



「うっ…。じゃあ、ディア兄ちゃんが勉強教えてよ。」

「やだね。お前は、ちょっとお馬鹿なくらいな今がちょうどいいって。今のスペックに賢さが加わったら、ジョー先輩レベルで怖くなりそう。」



「ええっ!? さっきまでと、言ってたことが違うじゃん!」

「そうだっけー?」



「………」

「………」



「………ふっ」



 どちらからともなく噴き出して、そのまま大声で笑い合う。



「ま、そこまで笑えるなら大丈夫だな。」

「うん。」



 互いに頷き合い、二人は今度こそ全身の力を抜く。

 その時。





 ピ――――ッ





 聞き慣れた音が響いた。



「あーあ。空気を読んでるんだか、読んでないんだか……。仕事の時間だ。」



 肩をすくめ、ディアラントが椅子から立ち上がる。

 そんなディアラントに苦笑を呈しながら、キリハは自分も動こうとベッドから足を下ろした。



 しかし。





 警告音から数秒遅れて、大きな地響きと共に、これまでとは桁違いの地震が宮殿中を襲う。





「はっ!?」



 バランスを保てずに床に片膝をついたディアラントは、驚愕に大きく目を見開いた。



「ちょっと……なんですか、この地震!?」



 ディアラントは常時身につけている無線に手を伸ばし、マイクに声を吹き込む。

 それを聞きながら、キリハもすぐ側の机に置いてあった無線を取り上げてイヤホンを耳に当てた。



「いっ……今、解析中です! 少し待ってください!!」



 微かなノイズの向こうで、情報部の面々が慌ただしくキーボードを叩く音がする。

 しばらくして。



「そんな……」



 どこか呆けたように、彼は呟いた。

 そして次に、その口からにわかには信じがたい言葉が告げられる。





「宮殿の北西方向。セレニア山脈北部に……ドラゴン出現の予兆があります。おそらく、覚醒までは一時間かと。」




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