第5章 一縷の希望

ピンチの中に見えるチャンス

「それって、ドラゴンが正反対方向に同時に出るってことか!?」



 その報告を聞き、さすがのディアラントも激しく動揺した。



「そうです……」



 情報部の男性は、未だに信じられないような声音でそう答える。



「くっそ。とりあえず、ここで油売ってる暇はねぇか!!」



 地響きが収まらぬ中、ディアラントは大慌てで医務室を飛び出した。

 その後ろにぴったりとついて、キリハも廊下を駆ける。



 ディアラントが焦るのも無理はない。

 三ヶ月先までのドラゴン出現予想地区に、セレニア北部なんて全く含まれていなかったのだから。



 これまでのドラゴンは、出現地点をセレニア南部から徐々に北上させていた。

 その法則にのっとるなら、セレニア北部にドラゴンが現れるのはまだまだ先だったはずだし、現にドラゴン出現の前兆となる環境の変化は、北部には見られていなかった。



 それらをかんがみると、この状況はあまりにも異常といえた。


 

「とりあえず即行で、誰が南に行って誰が北に行くか考えないと……」



 ぶつぶつと呟いているディアラントの声と、無線の向こうで出動の準備に勤しむ人々の声が聞こえる。



 南のドラゴンはそこそこ大きいらしいが、先遣隊が派遣されていることもあり、人手さえあれば、おそらくは討伐に大きな支障は出ない。

 問題は、北にこれから出現するドラゴンだ。



 人も物資も圧倒的に足りないこの状況。

 さらには、岩山の中腹という劣悪な出現地点の環境。



 どう考えたって、穏やかには終えられない戦いになる未来しか見えない。





(みんなは俺がいなくても、ちゃんとドラゴンを討伐できる。)





 切羽詰まったディアラントの顔を見ながら、キリハは冷静に考える。



 不思議な気分だ。

 いつも余裕を見せるディアラントがこんなにも慌てているのに、それに対して自分は、いつも以上に冷静な気がする。



 見出だしているのは、またとない好機。

 それを後押しするのは、ずっとズボンのポケットに入っていたらしい二つの道具。



「ディア兄ちゃん。」



 静かに呼びかける。





「南は任せるね。」

「!?」





 慌ただしい状況では、掻き消されそうなキリハの声。

 それをしっかりと聞き取ったディアラントは、思わず足を止めた。



「任せるって、お前はどうする―――」



 ディアラントの言葉は最後まで続かなかった。





 彼が振り向いた先に、すでにキリハの姿はなかったのだ。




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