ありがとう

 キリハはそっと、メイをベッドに横たえる。



「キリハ、ごめんね。」



 メイは弱々しく微笑んだ。



 ターニャの前では毅然きぜんとした態度を貫いていた彼女だが、やはり体調が悪いのにかなりの無理をしていたようだ。

 枕に頭を沈めている彼女の顔は青白く、呼吸も少し苦しそうだった。



「ごめんね、じゃないよ。無理しちゃってさ。」



 苦笑すると、メイは力なく目を閉じて肩をすくめる。



「キリハ…」



 後ろから、控えめなナスカの声。



「その……さっきまでの話って……」

「竜騎士選定の話だよ。」



 答えたのはメイだ。

 ナスカはその言葉に、あまり驚かなかった。



「やっぱり、そうだったんだ……」



 どこか落胆したようなナスカに、キリハは苦笑するしかない。



「ナスカ先生も知ってたんだ。」



 メイの口から色々と聞いた後なので、ナスカが裏事情を知っていても何の違和感もなかった。



「キリハ、行くの?」



 覇気のない声で訊ねてくるナスカ。

 不安に揺れるその目を見れば、彼女が心の底からこちらの身を案じてくれているのだと分かる。



「そりゃあね。俺が行けば、今回のことはおとがめなしってことらしいし、どの道逃げられないでしょ。」



 言うと、ナスカの表情が泣き出す寸前のように歪んだ。

 メイも複雑そうな表情で唇を噛んでいる。



 きっと、自分たちのことを責めているのだろう。

 それが伝わってくるから、ここはあえて明るくいこう。



「そんな顔しないでよ。別に、俺はみんなの責任を取るために行くんじゃないんだからさ。強制的。強制的なの。」



 声だけではなく、キリハの表情も底抜けに明るい。



 最終的にターニャは、レイミヤの行為を正当化してくれると言ってくれた。

 ならば、自分はメイたちの罪を背負って宮殿に行くわけではないのだ。



「なってしまったもんは仕方ないでしょ?」



 キリハは笑う。



 竜騎士は《焔乱舞》に認められる者が現れるまで選定され続けるという話だし、遅かれ早かれこんな日が来たのだろう。

 自分の世界がひっくり返るこんな出来事も、メイたちの気持ちを改めて知ることができる機会だったと思えば、案外悪いことではないと思う。



「大丈夫。さっさと任期を終わらせて帰ってくるよ。」



 一際声を弾ませて言って、キリハはその目をなごませた。

 メイとナスカを交互に見つめ、一番伝えたかった気持ちを言の葉に乗せる。



「今までありがとう。ばあちゃんたちの気持ちが分かって、すっごく嬉しかった。本当に、本当にありがとう。」



 こんな状況なのに、伝えられる言葉がこれしか浮かんでこない。

 だから口にできる言葉に、ありったけの気持ちを込めた。





 ただ、ありがとう―――と。




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