第2章 竜騎士隊へ
同じ竜騎士隊の面々
宮殿は、セレニアの中央都市であるフィロア市のど真ん中にある。
地図を見ると分かりやすいが、セレニアは宮殿を中心に各市町村が波紋状に存在している。
そのためか、主要な鉄道や道路は宮殿を囲むような環状になっていることが多い。
宮殿とはいっても名ばかりで、その外観は複数のビルの集合体という感じだった。
どんな仕事を管轄しているかでビルが分かれていて、それぞれのビルは渡り廊下で繋がっているらしい。
竜騎士の活動拠点となるのは、ビル群の中心に位置する宮殿本部と呼ばれる場所。
以上が、宮殿へ向かう車の中でターニャに聞いたことである。
「さっき報告を受けたのですが、他の竜騎士の方々は会議室で待機しているそうですよ。」
「は、はあ……」
綺麗に磨き上げられた廊下を、ターニャと二人で歩く。
ビルの中は廊下や部屋どうしの感覚が広く、かなりゆとりを持った内装になっていた。
所々に立つ衛兵が、ターニャの姿を見るなり道を開けて姿勢を正して礼をする。
そんな光景を見ているとターニャがこの国の中心人物であることがよく分かり、そんなターニャの後ろを歩く自分に、この上ない違和感がした。
「こちらです。どうぞ。」
促され、キリハは開かれたドアをおずおずとくぐった。
広い室内に大きな机と椅子が置かれただけの簡素な会議室の中には、大体自分と同年代らしき三人の少年少女が待っていた。
金色の髪を肩辺りまで伸ばした、なんだかきつい性格そうに見える少年。
くせのついた蜂蜜色のショートヘアの、ぱっちりとした目が印象的な少女。
腰辺りまで亜麻色の髪を垂らした気弱そうな少女。
そして――― 全員に共通する、赤い左目。
(おお……みんな、目が赤い。)
レイミヤで暮らすようになってからは、自分以外に竜使いを見たことがなかったので、こうして同類を見ると妙に感慨深い気分なる。
目をまん丸にするキリハに対し、他の三人は
「だ……誰?」
「えっと……いや、まあ……俺も、全く同じこと思ってますけど……」
なんだろう。
この微妙な空気は。
彼らがこちらに投げかけてくる視線が、あまりよろしいものに見えないのだが。
キリハが戸惑っていると、ターニャが「ああ…」と、何かに思い至ったように口を開いた。
「彼は、中央区の方ではありませんよ。事情があって、ここから離れた町で暮らしていたのです。あなた方が知らなくても無理はありません。」
「あ、なるほど!」
いち早く警戒を解いたのは、ショートヘアの少女だ。
彼女はすぐに人懐こそうな笑顔を浮かべると、軽い足取りでこちらに近寄ってきた。
「ごめんね。私たちってみんな同じ場所に住んでるから、竜使いっていうと顔くらいは知ってるんだけど、全然知らない子だったからびっくりしちゃって…。気を悪くしちゃった?」
少女が心配そうに首を傾げてきたので、キリハは両手を振った。
「大丈夫。俺もちょっと驚いただけだし。」
「よかったぁ…。これから一年間一緒だし、仲良くできなかったらどうしようって思ってたのよね。君、名前は? 私たちと同じくらいに見えるけどいくつ?」
「キリハです。年は十七歳。」
気さくな少女の態度に緊張感もほぐれ、キリハはほっと胸をなで下ろした。
「十七かあ…。じゃあこの中では、一番年下ってことになるのね。あたしはカレン。今年で二十歳になるわ。で、そっちのきつそうなのがルカ。あたしと同い年よ。それと、そっちの髪の長い子がサーシャっていうの。あの子が十八だから、君と一番年が近いわね。」
「よろしく。」
サーシャが、丁寧におじぎをしてくる。
一方のルカはというと……
「おい、カレン。きつそうってなんだ?」
不機嫌丸出しでカレンを横目に睨んだ。
「何って、本当のことじゃないの。誰に対してもつっけんどんな態度しか取らないんだから。」
想像はできていたが、彼の性格は第一印象を裏切らないようだ。
キリハがそんなことを思う間に、カレンは呆れ顔でルカに詰め寄っていく。
「いい? こういう性格の難は、先に知っといてもらった方がいいのよ。じゃないと、誤解されちゃうでしょ?」
「オレは、理解されたいなんて思ってない。」
「またそういうこと言う。いい加減、あたしのフォローも追いつかないから、もうちょっと器用に立ち回ってよ。」
「お前が勝手にやってるだけだろ、それは。」
しまいには頬をつんつんとつつき始めるカレンに、そんな彼女を煙たそうな顔で押し返そうとするルカ。
さて。
この痴話喧嘩には、触れるべきか否か。
キリハが所在なげに視線をさまよわせていると、ふと背後のドアが開いた。
「キーリーハ!! すごいすごい! 昨日の今日でもう来てくれたの?」
「………っ」
飛び込んできた声に、スッと自分の頭が冷たくなるような気分になった。
後ろにいる。
今、ある意味最も会いたかった相手。
全ての諸悪の根源が。
キリハは気配を感じるまま、腕をすばやく振るった。
「ぐえっ」
手のひらに当たったそれの潰れた声が聞こえた気がしたけど、そんなの知ったことか。
キリハは問答無用で掴んだそれを自分の眼前まで持ち上げ、じろりと半目で睨みつけた。
「会いたかったよ。……さて、お前の意味分からんサイコロのせいで、俺の日常ぶち壊しなんだけど、どう申し開きをしてくれるの?」
顔が引きつって口角が上がる。
人間、泣いても怒っても、最終的に行き着く先が笑顔だというのは本当のことだったようだ。
「え、えへへへへ…。キリハ……僕、苦しいなぁ~…」
自分が醸し出すオーラに飲まれたせいか、返ってきた笑い声は妙に空々しい。
「ふうん…」
キリハの双眸が細くなる。
ぬいぐるみでも感覚はあるのか。
いいことを知った。
キリハは無言で、ぬいぐるみの胴体を掴む手に力を込めた。
「あたたたた! ごめん! ごめんってば~!!」
「謝ってどうにかなること!? あのねえ、物事には順序ってものがあるでしょ!?」
「知ってる、知ってる! でも、しょうがないんだ。会った瞬間に、ビビッときちゃったんだからさぁー。」
「何がビビッとだ! 俺が断れないように、どえらい人を寄越しといて!」
「ふえーん! あれは、ターニャが自分が行くって言ったんだよぉ~っ!」
「全ての原因は、あのサイコロでしょーっ!? お前の一言で人の人生が簡単に変わるんだから、せめて真面目にやらんかーっ!!」
「ひいいいいっ! ごーめーんーなーさーいーっ!!」
キリハが猛烈にまくし立て、フールが情けない悲鳴をあげる。
その悲鳴が収まると、室内にしんとした空気が満ちた。
「ん?」
疑問に思って辺りを見回すと、その場にいる全員の注目が見事に集まっていた。
「す、すごいわ。」
カレンが珍妙なものでも見る目つきで言う。
「あのフールが、ここまで圧倒されるなんて…。キリハ君、只者じゃないわね。」
「いや、ただの一般人だよ。ってか、みんなもよくこいつのテキトーなサイコロに従う気になったね。」
正直に思ったことを口にする。
断言しよう。
自分なら絶対に従わない。
カレンたちは互いに顔を見合わせ、首を傾げて肩をすくめる。
返ってきた答えはというと―――
「まあ、ずっと前からそうだったし。」
なんともシンプルなものだった。
「お前…」
無意識の内に、手の力が増していく。
一体これまでの間に、何人の人々があのサイコロの犠牲になったのだろう。
「とりあえず、今すぐお前のサイコロを叩き割りたい。」
ざっと計算して、
声色から、キリハの本気を感じ取ったのだろう。
フールが慌てて身をよじった。
「わわっ、困るって。あれが僕のやり方なんだからさあ!」
「とうとう開き直ったな!?」
呆気に取られてそれ以上の言葉を継げないでいると、フールは話をはぐらかすようにあっけらかんと笑う。
「それはそうと、キリハ。到着早々悪いんだけど、一つやらなきゃいけないことがあるんだよ。」
「やること?」
聞き返すと、フールはにやりと笑った。
「そーそ。竜騎士としての最初の一歩だよん。」
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