納得できない!!

 フールに連れられるまま、とある部屋に入ってしばらく。

 部屋を出てきたキリハは、なかば涙目になっていた。



「いったぁい…」



 まだひりひりとしびれている耳を押さえる。

 そこには、竜騎士の証であるという薔薇をモチーフにした小さなピアスが光っていた。



「ううー……なんでこんな目に…。わけの分からんサイコロのせいで……」

「サイコロって、そろそろしつこいよぉ。」



 肩に乗ってぼやいてくるフールに向かって、キリハは冷たい一瞥いちべつをくれてやる。



「いーや。しばらくは根に持ってやる。」

「うわっ、心狭いなぁ。」

「自業自得っていうんだよ、今回の場合。」



 フールと言い合っていると、ふと前方からくすくすと笑い声が聞こえてきた。

 それに頭を巡らせると、向かいの壁に身を預けてこちらを微笑ましそうに見ているサーシャの姿がある。



「昨日会ったばかりって言ってたのに、仲良いのね。」



 とんでもない。

 心外だ。



 反射的に出そうになった言葉を、キリハは寸でのところで飲む込むことに成功した。



「あの……もしかして、ずっと待ってたの?」



 おそるおそる訊ねてみると、サーシャはなんでもないことのように頷いた。



「うん。今日は元々、あなたが来るってことでお休みだったから。あなたも、誰か案内役が必要かなって思って。」

「なるほど。わざわざありがとう。」

「サーシャ、ありがとね。でも、案内なら僕がやろうと思ったのに……」



 どこか残念そうにフールが言うので、キリハは思いきり首を横に振った。



「やだやだ。お前に案内されると殴りたくなって、説明が頭に入らないよ。」

「ええー。何それ、ひどいや。」

「それだけのことをしたって自覚を、いい加減持って。つーか、フールって一体何者?」



 竜騎士の選定を任されるくらいなのだから、画期的なおもちゃというわけではあるまい。

 《焔乱舞》への案内人とは聞いているが、その姿がぬいぐるみというのは、問題がありすぎないだろうか。



 そしてやはり、こんなふざけた奴に何もかもをぶち壊されたと思うと、腹の奥からふつふつと湧き上がってくるものがあるわけで……

 


「んふふ、細かいことは気にしないの。可愛いお人形さんってことで~♪」

「あーっ! やっぱり納得できなーい!!」



 叫んだキリハはフールの尻尾を掴むと、その体をぶんぶんと振り回した。



「キリハ、やめてー。目が回るううぅぅっ!」

「うるっさーい!」



 本当に、どうして他の皆はこんないい加減な奴の言うことを聞くのだ。



 そう思ってサーシャを見ると、サーシャはこちらに背を向けて肩を震わせていた。

 何事かと問わずとも、彼女が笑いをこらえているのは一目瞭然だ。



「ふふ……ごめんなさい。フールちゃんがそこまでしゃべってるの初めて見たし、聞いてて面白くて。なんか、ルカ君とカレンちゃんの会話を聞いてるみたい。」

「………」



 キリハは少し黙り、フールを振り回していた手を離した。



 回転の勢いでフールがどこかに飛んでいった気もするが、見なかったことにしよう。

 自分は、フールと漫才コンビを組んだつもりはないのだ。



「そういえば、あの二人は?」



 ふと気になったので訊ねる。



「あの二人なら、多分シミュレート室にいるんじゃないかな? 急にお休みをもらっても、やることないしね。」

「シミュレート?」



 また自分には縁遠そうな単語が出てきた。

 小難しそうに眉を寄せるキリハの様子を見て、サーシャはさらに解説を加えてくれる。



「ドラゴン戦に備えて、ドラゴンとの戦闘をシミュレーションできるの。コンピューターで作られた映像って分かってても結構怖いのよね、あれ。」

「へえ…」

「まあ、攻撃されても怪我はしないんだけどね。興味あるならやってみる?」



 小首を傾げて訊いてくるサーシャ。

 特にすることもないというのは同感だったので、キリハはそれならばと頷いた。



 シミュレート室の自動ドアを抜けると、まず操作盤の並んだ操作室があった。

 その奥に、半球状のドーム型になっている実践場が繋がっている。

 操作室と実践場の間には大きなモニターがあり、操作室から実践場の様子を見学できるようになっていた。



「詳しい仕組みは私にも分からないから、とにかくやってみるのが一番だと思うよ。」



 サーシャは言いながら、ラックから取り出した一本の剣をキリハに手渡した。



 受け取った剣は、プラスチックでできた偽物だ。

 しかし少し太く厚めの刀身の中に何かが入っているのか、見た目に反して重量がある。



「これは?」



 疑問に思ったことを、そのまま口に出す。



「それが《ほむら乱舞らんぶ》のレプリカらしいの。」

「………これが?」



 キリハは目を丸くして、手に収まる剣を見下ろす。



 着色も施されていないこの剣がレプリカだと言われても、いまいちピンとこない。

 再現性があるとすれば、この剣の重さくらいだ。



「まあ、やってみれば分かるよ。とりあえず、シングルモードで起動するね。初めてだし、どんなものか感触を掴むってことで、時間は十分でいいかな。」

「よく分からないから、お任せします。」



 手際よくボタンとタッチパネルを操作していくサーシャ。



(あれを、俺も覚えなきゃいけないんだろうな……)



 心の隅でそんなことを思いつつ、キリハは実践場へと足を踏み入れた。


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