シミュレーション

「いくよー。」



 マイク越しのサーシャの声が、ドーム内に響く。

 それを合図に、実践場の照明が落ちた。



 闇に閉ざされた世界に、四方八方から細いレーザー光が発射される。

 それはキリハから五十メートルほど離れた位置に集まり、何かの形をどんどんと組み上げていく。



 そして、前方から風が吹き抜けてくると共に、辺りの景色が一変した。



「おお……これはこれは。」



 キリハは辺り一面を見回して呟く。



 ドーム内に映像が映し出され、荒野の風景が広がっていた。

 あくまでも映像なので地面に転がる石を踏んでも感触はないが、リアリティは十分にある。



 そして、レーザー光が集まったところには巨大なドラゴンの姿があった。



 固い鱗に包まれた巨体。

 爬虫類を思わせる鋭い目と牙。



 頭部から生える二本の角。

 その羽ばたき一つで、何もかも吹き飛ばしてしまいそうな一対の翼。



 昔教科書で見たドラゴンの絵にそっくりである。



「へえ…。ドラゴンって、本当にこんな感じなんだ。」

「まあ種類によって多少の差異はあるけど、原型はあんな感じかなあ。」

「ふーん。……って。」



 普通に受け答えをして、キリハは隣を横目で見やる。

 さっき投げ飛ばしたはずなのに、いつの間にかフールが肩の上に戻ってきていたのだ。



「お前、いつの間に……」

「まあまあ。何事にも、ナビゲーターは必要でしょ。あのドラゴンは、これまでの文献をデータ化して作られた映像なんだ。まあ映像だから実体はないし、実際の戦いとは結構な差があると思うけどね。でも、ドラゴンってものに少しは耐性がつくでしょ?」



 言われて、キリハは幻のドラゴンを見上げる。



 ドラゴンは一度咆哮ほうこうをあげると、こちらのことを威嚇するようにして姿勢を低くした。



「なるほどね。」



 確かに、こんなものを一切の予備知識もなしに退治しろと言うのは、無理難題だろう。



 この訓練は、竜騎士でなくとも受けておいた方がいいかもしれない。

 訓練を受けているかいないかで、非常時に陥った時の動きに大きな差が出るだろう。



 もし本当に、ドラゴンが目覚めてしまったらの話だが。



「さて。まだ仕かけがあるんだよ。剣を前に構えてみて。」

「ん? こう?」



 フールに言われたとおりに、キリハは剣を構える。

 すると見えにくい細い光が剣に集まり、瞬く間にその刀身を真っ赤に染め上げた。



 白いプラスチックだったはずの剣は、時代の最新技術によって、赤とオレンジが織り交ざる美しい剣へと姿を変える。

 その周囲には、ちりちりと炎が舞っていた。



 そして変化は、見かけだけにとどまらない。



「何、これ……」



 キリハは思わず、両手で剣の柄を握る。



 どう表現すればいいのだろうか。

 ついさっきまでただの無機物だったのに、それが突然として意志を持ったかのような。

 剣の重心が安定せず、常にぐらぐらしているような。



 とにもかくにも―――



「使いにく!!」



 キリハは率直に感想を述べた。



 どういう仕組みで動いているのかは不明だが、これもシミュレーション機能の一つなのだろう。

 さっきから、剣の中で何かが動く振動が伝わってくる。



「ねえ! 本当にこんな剣があるの!?」



 狂いそうになる手元をなんとか抑えながら、キリハはフールに問う。



「さあ…? でも、ほむらは使用者を選ぶって話だし、こういうこともありえるんじゃないかな。この扱いにくさも、文献のデータ集積の結果としか言いようがないんだよ。」

「まったくもって現実的じゃないよ。もし本当に焔がこんな剣だとしたら、適合者がいたとしても、使いこなせるかどうか疑問だね!」



 キリハは無理矢理に剣をぎ払い、ドラゴンを見据えて剣を構えた。



 左手を離したことで、右手にかかる負担が一気に増す。

 片手で扱うには、この剣はくせが強すぎる。



「……ったく、大人しくしてよ。」



 この構えは本来のスタイルではないのだが、武器が武器なので致し方あるまい。



 深く一呼吸。

 それで、外界の無駄な情報をシャットアウトする。



 今必要なのは、戦闘に対する集中力。

 そして、相手の動きの特性を見破る観察力だ。



 肩に乗るフールの存在すらも意識の外へ追い出し、キリハは勢いよく地面を蹴った。


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