ターニャの決定
青い顔で全身を震わせるキリハは、ターニャに言い募った。
「罪って……ばあちゃんたちは、俺を守ってくれてただけなんだよ!?」
「しかし、宮殿の命に背いていたことには違いありません。背反行為と見なされても、文句は言えないのですよ。」
ターニャの目は、相変わらず静かだ。
その冷静さを欠かない瞳が、今はどうしようもなく
彼女には、メイの言葉が何一つ響いていないというのか。
「――― 俺が…」
意識しない内に、口が勝手に震えていた。
「キリハ、だめだよ。」
次に続くであろう言葉をいち早く察したメイが、キリハの手を引く。
しかし、もう遅かった。
その時のキリハには、目の前に佇む氷のような女王のことしか見えていなかったのだ。
「俺が行けば、なんの問題もないんでしょ!? レイミヤにいる竜使いは俺だけだもん。他にはいない。選ばれたって言うなら行ってやるよ。そうすれば、結果的には丸く収まるでしょ!?」
「キリハ!!」
「だって!」
キリハは叫ぶ。
目頭に熱いものが込み上げた。
「こんなの、おかしいよ。」
心の中に渦巻く激情が、止める間もなく次から次へとあふれ出してくる。
「誰かを守るための行動が、責められなきゃいけないの!? 人を守るのに、いちいち法律とか義務とかって……そんなの考えてる余裕なんかないじゃん!! なのに、なんで―――」
「落ち着きなさい。」
涼やかな声が
どうして彼女は、こんなにも感情がぶれないのだ。
所詮は他人事だから?
彼女の一声で、レイミヤの未来が潰れてしまうかもしれないのに?
この町の人々の優しさを、自分の気持ちを、落ち着けの一言で片づけようというのか。
「ふざけるな…っ」
キリハはターニャを睨みつけた。
「あんたには他人事かもしれないけどさ、俺にとってここは、何よりも大切な場所なんだ!! 落ち着いていられるわけないだろ!?」
「誰も、罰を科すとは言ってないでしょう?」
「だから―――……へ?」
自分の口から、笑えるほど間の抜けた声が漏れるのが分かった。
唖然とするキリハとメイに、ターニャはふと息をつく。
「確かに、竜使いに対するフォローは万全とは言えません。そこを信用できないと言われるのは、宮殿としても受け入れなければいけない現実でしょう。あなたの言葉と態度から、レイミヤの人々があなたにどれだけの愛情を注いでいたのは分かりました。……正直なところ、私は嬉しかったのですよ。」
そう言ったターニャは、その顔にほんの少しだけ笑みを浮かべた。
「まだこの国にも、竜使いを偏見なく受け入れてくれる人と場所があると分かったのですから。」
それは、ここに来てターニャが初めて見せた人間らしい表情で―――
その笑顔に一切の敵意がないと分かった瞬間に膝が砕けてしまって、キリハは倒れるように椅子に崩れ落ちてしまった。
「び、びっくりしたぁ……」
キリハは肺が空になるまで息を吐き出す。
寿命が半分以上縮んだ気分だ。
「キリハさん。」
改まって、名前を呼ばれる。
背筋を綺麗に伸ばすターニャは、もう無表情に戻っていた。
それに、キリハはごくりと
「本来なら、あなたを町ぐるみでかばい、国の命に背いたレイミヤには、しかるべき対処が必要です。私がそれを望まないとしても、一部のお堅い方々が処分を求めてくるでしょう。」
また心がざわめく。
身構えるキリハに、ターニャは「しかし」と前置いて言葉を連ねた。
「あなたの意見にも一理あることは確かです。こういう表現をすると複雑かもしれませんが、情状酌量ということで、あなたが私たちに同行することと引き換えに、レイミヤの罪については不問とするように交渉しましょう。」
「本当に…?」
「ええ。これは、神官としての決定です。建前としてこういう処置をしたと言えば、いい顔をしない重役を黙らせることは可能です。」
ターニャがはっきりと頷いてくれたので、キリハは今度こそ完全に肩の力を抜いた。
「そして……」
まだターニャの話は終わっていなかったらしい。
無意識に下ろしていた顔を上げると、ターニャはふと表情を
「これは宮殿に戻って会議にかけなくてはなりませんが、レイミヤを竜使いと対等な共存関係を築く模範都市として推薦しようと思います。承認されれば、支援のための予算が
「それって、つまり……」
キリハは何度もまばたきを繰り返した。
さすがのメイもこればかりは予想外だったらしく、キリハと同じような反応をしている。
「ばあちゃんたちの行動を、国として正当化するってこと?」
訊ねると、ターニャはゆるりと頷いた。
「レイミヤは、竜使いに対して差別的意識を持たない素晴らしい町です。あなたがその証人でしょう? 私はこの国を治める神官としても、一人の竜使いとしても、あなたとレイミヤに新たな可能性を感じているのです。フールがあなたを選んだ理由が、なんとなく分かった気がします。あなたがレイミヤにいたということも……きっと、何かの縁なのでしょうね。」
そう言って、ターニャはまた笑った。
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