レイミヤの人々の真意



 自分が竜騎士隊の一人…?





 キリハは茫然と、ターニャを見つめるしかなかった。



 いまいちピンとこないが、とんでもないことになってしまったことだけは分かる。



「なんだそりゃ……」



 キリハは片手で目を覆い、天井を仰いだ。



 どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 自分の一生は、ここで終わるはずではなかったのか。

 何もかもがぶち壊しではないか。



 そう。

 あの意味の分からないサイコロのせいで。



「任期は一年です。その一年間は宮殿で過ごしていただくことになります。宮殿からの命ですので、もちろんその分の報酬はお支払いします。任期が終了すれば、ここへ帰ることもできます。もし《焔乱舞》に認められたら、待遇はこの限りではありませんが。」

「あー…そうですか……」



 キリハは溜め息をつく。



 まだ納得もしていないのに具体的な待遇の話をされても、全然頭に入ってこない。



「キリハへの話は終わりましたか?」



 これまでずっと黙っていたメイが、唐突に口を開いたのはその時だった。

 ターニャの視線が流れるように動く。



「ええ。彼に伝えたかったことは、これで全部です。」

「そうですか。……では、次のお話をどうぞ。私に同席を命じたのは、キリハへの処遇を聞かせるためだけではないのでしょう?」

「ば……ばあちゃん?」



 キリハは戸惑う。



 何故だろう。

 メイが話に割り込んできた途端に、この場の空気が凍りついたように感じるのだが。



「そうですね。」



 答えるターニャの声音も、先ほどまでとは変わっていた。



「五年前、宮殿は竜騎士選出の効率化と竜使いの保護を目的に、竜使いの人々をフィロア市の中央区へ集めました。その際、各市町村には竜使いに関する情報の報告義務の通知したはず。その通知は当然、あなたの耳にも届いていたはずですね。メイさん?」



 ターニャの目がすっと細くなる。



「何故、報告をおこたったのです?」



 メイを見据えるターニャの目には、明らかな非難の色が浮かんでいる。



 メイはしばらく、何も言わなかった。

 びりびりとしびれるような空気が肌を刺す。



「……無礼を承知で申し上げます。」



 静かに切り出したメイは、真正面からターニャと向き合った。



「このレイミヤがここまで豊かなのは、あなた方宮殿のお力添えがあってのことです。それには感謝をしております。ですが竜使いに関することに対しては、私は宮殿を信用していないのです。」



 メイの発言に、キリハはぎょっとして瞠目した。



 ターニャはメイから視線を逸らすことなく、次の言葉を待っている。

 威圧感を放つこの国一番の権力者を前にしても、メイは一歩も引かない態度で胸を張っていた。

 ゆっくりと動いたメイの目が、不安げなキリハの姿を映す。



「この子がここに引き取られるまで、いくつの孤児院をたらい回しにされたか、あなたはご存じないでしょう。親を失い、竜使いというだけで受け入れを拒否され続けたこの子が、どれだけ深い傷を心に負っていたと思いますか? それでもこの子は、周囲を恨まず健気に生きてきたのです。そんな可愛い子を、どういう仕打ちを受けるかも分からないのに受け渡すなんて……そんな我が子を売るようなことが、どうしてできるでしょう? そんなことをすれば、今度こそこの子の心は壊れてしまう。だから私たちは、この町でこの子を守ると決めたのです。」



(あ…)



 キリハはふと、過去のことを思い出す。



 今まで時々、町の人々の態度が急変する時があった。

 急に建物の中に閉じ込められたり、畑で麻袋の下敷きにされたり、ひどい時には数日外出を禁じられたこともあった。



 まるで、何かから自分を隠すように。



 点と点だった記憶が、一本の線になる。

 今まで知らなかったレイミヤの人々の真意が、巨大な波となって心に押し寄せてくるようだった。



(俺を、守るために……)



 キリハは歪みそうになる顔を、奥歯を噛み締めてどうにか抑える。



 ここを離れたくない、と。

 心底そう思った。



 自分のことを受け入れて、守って、そして愛してくれたこの町を、自分もまた愛していたから。

 自分はまだ、この町の人々に何も返していない。



 それなのに、選ばれたという理由だけでここを離れるなんて……



 握り締められたキリハの手に、しわだらけの手がそっと添えられる。

 キリハがハッとして顔を上げると、メイはこの上なく優しげで慈愛に満ちた表情で笑った。



「ばあちゃん……」

「いいんだよ。キリハはもう、十分過ぎるくらいに傷ついてきたんだから。」



 キリハの髪から頬にかけてなでてから、メイはまたターニャに向き直る。



「私たちは、間違ったことをしたとは思っておりません。それでも罪に問われるというなら、堂々と裁きを受けましょう。どうぞ、いかようにも処分なさってください。」

「!?」



 キリハは目を剥き、ターニャを見る。

 一方のターニャは、何かを推し量るような眼差しをこちらに向けていた。



 確かにメイは国の命令に背き、自分を国から隠した。

 そのせいで今回の竜騎士選定に支障が出ていたのなら、その責任を問われる可能性が高いのかもしれない。



 けれど、そんなのおかしい。



「まっ、待ってよ!」



 キリハは思わず、椅子から立ち上がっていた。


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