いつもどおりの明るさ
「せんぱーい。おはようございまーす。」
「ああ、おはよう。」
廊下を歩いていたところに声をかけられ、ミゲルは特に相手を見ないまま答えた。
「おんやー? 何か考え事です? そんなに眉間にしわを寄せちゃって、ただでさえ怖い顔がもっと怖いことになってますよ?」
「ほっとけ。」
このくそ能天気な隊長は、相変わらず天然で他人の苛立ちポイントを突いてくる。
だから無駄に敵を増やすんだと、何度説教すれば分かるのだ。
「そういや、次のドラゴン出現まであと三日だったか?」
「ですです。アイロス先輩たちがすでに住民避難とかを済ませてくれてるんで、オレたちもぼちぼち準備を始めなきゃですね。」
「だな。出動までに余裕ができたのはいいが、最近の現場はフィロア近郊が多いから、気にしなきゃいけねぇことが多すぎるぜ……」
「ですねー。でも思うんですけど、ドラゴンが出現する場所、ものの見事に建物が少なくないですか? 重要な建造物どころか、民家もですよ?」
「確かにな。ストー町のど真ん中にドラゴンが出たのが、逆に異常って思えるくらいだな。」
「まるで、どこにドラゴンが眠っているのかを知っている誰かが、綺麗にそこを
「たとえば、誰が?」
「……フール?」
「まさか。だったら最初から、ドラゴンが眠っている場所を全部教えとけって、あいつをぶん殴るぞ。」
「うーん…。オレは割と、有力説だと思うんですけどねぇ……」
ディアラントとそんな話をしながら、毎朝のように会議室の扉を開く。
(お、いたいた。)
目が自然に、キリハを探す。
すでに着席しているキリハは、こちらに背を向けてサーシャやカレンたちと談笑している。
そんな彼に近づいて……
「よっ、キー坊。」
その肩を、ぽんと叩いた。
微かに震える小柄な体。
それがゆっくりと、こちらを振り仰いできて―――
「あ、ミゲルにディア兄ちゃん! おはよう!」
いつもどおりの明るい笑顔が出迎えてきた。
「お、おう…。おはよう……」
ディアラントと二人、思わぬ反応に戸惑ってしまう。
「なんか……一気に元気になった、な…?」
「あれ、そうかな? むしろ、最近変だったっけ?」
「いや…。なんだか、周りの目をやたらと気にしてたというか……」
「フールとよく喧嘩してたっていうか…?」
現状についていけないまま、違和感の在りどころを伝えると……
「ああ、そのことかぁ!」
思い当たる節はあったらしく、キリハはポンと両手を打った。
「ごめんごめん。フールと長らく喧嘩しちゃってたのは本当。……っていうか、まだ仲直りできてないんだけどね。でも、あれって喧嘩なのかな…? お互いの意見が合わないだけというか……」
「珍しいな。キー坊とフールの意見が合わないなんて……」
「そう? 同一人物ってわけじゃないんだから、そりゃ意見が違うこともあるって。フールがあんまりにも俺の話を聞いてくれないから、俺もムキになっちゃってさ。顔も見てやるかーって、最近は飛び出してばっか。」
「それで休みの日には、いつも宮殿から消えるのか……」
「あはは…。大人げないのは分かってるんだけど、どうしても腹の虫が収まらなくて…。話を聞かれたら八つ当たりしちゃいそうだから、表では冷静でいようと思ったんだけど……情けないことに、俺って嘘つけないじゃん? だからもう、最近は誰かに声をかけられるとビクビクしちゃって。」
「ああ…。で、ようやっと気持ちの整理がついたってとこか?」
「っていうか、もういいやーって開き直った感じかな。この件については、俺もフールも譲歩できないから、話し合いは諦めて黙認がいいかなって。」
「おおう…。まあ、それもありだな。ずるずるに引きずるよりは、どこかで線引きして引き合った方がいい時もあるし。」
「でしょー? 俺もさすがに疲れちゃったよ。長期間の喧嘩なんて、慣れないことをするもんじゃないねー……」
ぐったりと机に突っ伏し、キリハは疲労に満ちた溜め息を吐く。
「………」
ミゲルとディアラントは互いに顔を見合わせる。
そして次に、視線をキリハとは違う方向へ。
キリハの隣にいるルカは、特に興味もなさそうな表情でキリハを眺めているだけ。
ジョーに至っては話を聞く気すらないのか、爆速でノートパソコンのキーボードを叩いている。
結局この場は、ターニャとフールの二人が会議室に入ってきたことで、うやむやな終わりとなってしまった。
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