後悔の記憶

 朝一の会議が終わると、ドラゴン殲滅部隊の幹部三人で集まるのが暗黙のルール。

 ターニャからの共有を受けて、部隊の動き方をどうするか検討するためだ。



 そんな重要な会議の第一声は―――



「なぁ。あのキー坊はどう思うよ?」



 本来の議題からは、遠く離れたことであった。



「んー……吉凶半々ですね。」



 彼自身も気になっていたからか、ディアラントはミゲルの問いに真剣に答える。



「本人の言うとおり、悩みを吹っ切れたってことならいいんです。ただ……キリハの場合、逆の場合でもああなるんです。」



「逆の場合?」



「つまり、悩みが深まって追い詰められた可能性もあるってことです。」



 そう告げたディアラントの瞳に、深いうれいが滲む。



「あいつ……レイミヤに来て一年くらい経った頃に、一度だけ行方不明になったことがあるんです。」

「行方不明…?」



 不穏な雰囲気をかもすその単語に、ミゲルは眉をひそめる。

 ディアラントは訥々とつとつと続けた。



「当たり前だろって話ですけど、相当ストレスを溜め込んでたんでしょうね。後から他の子供に聞いて分かったんですけど、竜使いの上に親なしの転校生だってことで、小学校でかなりのいじめを受けていたようです。」



「………」



 その時点で、むごいという言葉も出てこない。



 親を失い、竜使いという理由だけでいくつもの施設をたらい回しにされ。

 ようやく安住の地を見つけて、これからその傷を癒そうという時に、なんと非道な仕打ちをすることか。



 そうは思っても、子供の世界というのは単純が故に、ある意味で大人の世界以上に非道であることも事実。



 そして、竜使いはとりあえず攻撃するものだという風潮を作っているのが大人であるが故に、子供だけを責めることもできない。



「最初は学校に行きたがらなかったり、体調を崩して休むことも多かったと聞きます。でも次第に……キリハは、そんなことなんてなかったかのように、明るく振る舞うようになっていきました。それでオレたちは、ようやくこの環境にも慣れてきたんだと、楽観的にその変化を受け入れてしまったんです。それが、全ての間違いでした。」



 切ない思いをこらえるように、ディアラントが目をつぶる。



「本当に、突然の出来事でした。遊びに行ってくると言って出ていったまま行方をくらませたキリハは……その五日後、深い森の奥で、衰弱しきった状態で発見されました。特に外傷はなく、通った道を落ち葉でわざわざ隠していたことから……キリハ本人が、自分の意思で死のうとしたことは明らかでした。」



「………」



「そして、そんなキリハを最後に見送ってしまったのが……オレです。」



 苦しい過去を語るディアラントの両手に、ぐっと力がこもった。



「本当に……本当に、いつもどおりだったんです。疑う余地なんてなかった。『一人で大丈夫か?』って訊いたら、『大丈夫、大丈夫―――ありがとう。』って……笑って手を振ったんです。まさか、あんなことになるなんて思わないじゃないですか…っ」



 それは今でも、ディアラントの心に深く刻まれている後悔なのだろう。

 深くうつむいてしまった彼に、ミゲルもジョーもかけられる言葉がなかった。



「幸か不幸か、キリハはあの時の記憶が曖昧あいまいだった。本人としては、ちょっと一人になりたくて、ちょっと眠くなったから眠っただけという感じだったようです。それならわざわざ思い出させる必要もないと……オレたちは、それからキリハを学校に行かせることをやめました。あいつを中学校にも行かせなかったのは、宮殿からキリハを隠すため以上に、キリハをこれ以上傷つけないためだったんです。」



「そうか……」



 今は天真爛漫に笑うキリハの過去にあった、本人さえもあまり覚えていない命の危機。

 当時のキリハの心境を思うと、可哀想で仕方ない。



「……ねぇ。」



 重苦しい沈黙が落ちる中、ジョーが渋々といった雰囲気で口を開いた。


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