ドラゴン否定派だった彼の本質
しばし、黙ったまま対峙するジョーとレティシア。
親密とは言い
「あんた、どういうつもりよ?」
「どういうつもりも何も、当然のことでしょ? ロイリアの治療をするのにロイリアの言葉が分からないんじゃ、色々と面倒じゃない。」
「だからって、普通―――」
「はっ。やめてよね。」
レティシアの言葉を冷笑で遮り、ジョーは包帯を巻き直す。
留め金で包帯を留めた彼は、悠然とした覇者のような
「普通? 常識? 先入観? ―――くそくらえ。そんなゴミ、科学の世界には一番邪魔なんだよ。」
大多数の人間が囚われているであろう概念を、ジョーは痛烈に切って捨てる。
温厚な見た目を完全にぶち壊す粗暴な物言いに、キリハもレティシアもすぐに返せる言葉がなかった。
「……常々変な奴だとは思ってたけど、とんでもなくぶっ飛んだ人間がいたもんね。」
「俺もびっくり…。ここまで大胆なことをするなんて、さすがに思ってなかった。」
こう言っては彼が
だってそんなことをしたら、自分も
「……あれ?」
そこで一つ違和感。
レティシアと言葉を交わしている時点で、ジョーが彼女の血を飲んだことは確実だけど……おかしくない?
「レティシアの血を飲んだら、目が赤くなるはずだよね…?」
違和感を口にしながら、ジョーの瑠璃色の双眸を見つめる。
すると。
「キリハ君。いいことを教えてあげる。」
顔の側でゆっくりと人差し指を立てた彼は……
「世の中にはね、カラコンっていう便利なものがあるんだよ♪」
にっこりと。
無駄にきらめく悪魔スマイルを浮かべた。
もはや、何も言えることがない。
綺麗に違和感を解消されたキリハは、口をあんぐり。
その隣で、レティシアが小さく息をついた。
「ロイリアを助けてくれて、ありがとう。」
彼女は穏やかにそう告げる。
「さっきは怒鳴って悪かったわね。礼も言わせずに逃げる気なのかと思ったら、カチンときちゃって。」
「あら…。ドラゴンって、案外律儀なんだね。お礼って概念があるんだ。」
「あんた…。可愛い顔してなんつーこと言うのよ。嫌われたいの?」
「ご名答。」
苦い声のレティシアに、ジョーはむしろご満悦。
「群れて寄生するしか能がない凡人なんかに好かれても、うざいだけじゃない。嫌われ者上等。」
「ひねくれてるわねぇ…。でも正直、今まで会ってきた人間の中で、一番私たちに近い気がするわ。」
「へぇ、そうなんだ。その話は、落ち着いた時にでもゆっくりと。今後もしばらく、ロイリアの経過観察でここに通い詰めだろうから。」
「そうね。私も、あんたには訊きたいことがたんまりあるから。でも……本当によかったの?」
ふと、レティシアの声のトーンが落ちる。
「あんたは一応、ドラゴン否定派の人間でしょ? そんなあんたが私たちの管理を統括してるから、ある意味バランスが取れてるんだと思ってたんだけど?」
「あら意外。その辺の有象無象より、よっぽど賢いや。」
「だから、言い方。あんたは、嫌味か毒しか吐けないの?」
「ごめん、ごめん。気付いたら出ちゃうんだよねぇ。」
口でこそ謝るジョーだが、たたえている笑顔がそれを台無しにしている。
それにレティシアが溜め息をつき、キリハが苦笑いをしていると……
「立場も契約も取っ払った、僕個人の意見を言うとね……―――正直、どうでもいいんだよ。」
極寒零度を思わせる冷たい声で、彼はそう述べた。
「僕は、自分の手で解明した根拠なしに物事を判断しない。知識を得て真実を見極めるのに、肯定も否定も……ましてや、好きも嫌いも関係ないのさ。目の前にある事実だけが全てだ。だから……」
揺らがない瞳で。
彼は高らかに宣言する。
「僕に裏切りなんてものを見せさえしなければ―――僕は、君たちの存在を否定も肯定もしない。最初からずっと、この考えを曲げたことはないよ。」
これが、再び天才科学者として大きな功績を打ち立てた彼の本質。
そこに嘘や虚勢がないのは、これまでの行動が物語っている。
否定もせず、肯定もせず。
彼はいつだって、怖いほど冷静に、目の前に広がる事象だけを見つめていたから。
「……なるほど。どうりでユアンが、あんたになら私たちを任せても大丈夫だって太鼓判を
参ったというような吐息をつくレティシア。
それに対し、ジョーはおどけた仕草で肩をすくめてみせる。
「こう言っちゃなんだけど、僕以上の適任はいないと思うけどな。僕、自分の領域を
最後に、優雅に一礼。
彼はまた後ろを振り返って、今度こそ立ち去ろうとする。
「安心しなさいよ。」
その背に、レティシアが優しく語りかけた。
「レクトは違うけど、私たちドラゴンは一つの関係にそこまで頓着しないわ。裏切る裏切らないの前に、少しでも迷う要素があるなら、最初から協力しないわよ。協力関係が終わった後に敵対関係になっても、文句を言う奴もいない。その場限りの関係で終わって後腐れがないのが、私たちの普通だからね。」
「へぇ…。そりゃ、付き合いやすくていいね。なるほど。僕が君たちに近いってのは、そういうことね。」
「ええ。それにそもそも、ロイリアがあんたを裏切る日なんて、永遠に来ないわよ。」
「知ってる。」
レティシアの断言に断言を返したジョーは、顔だけをこちらに向けると、眉を下げて微笑む。
「一年半以上も一緒にいれば、嫌でも分かるさ。キリハ君と一緒で、ロイリアは……裏切るって概念すら思いつきもしないくらい、純粋で可愛い子だよ。」
「……そうね。今回のことで、ロイリアはあんたのことをより一層好きになったと思うわよ。毎晩毎晩、あんなに親身になって寄り添ってもらえたんだから。」
ロイリアを挟んで、笑い合う二人。
言葉を交わせなくとも、絆は確かに生まれる。
見据えている未来は違っても、歩む道が交わったその時には、立場や種族の壁を越えて、共に奇跡を起こせる。
そう教えてくれる光景に、どうしようもなく胸が熱くなる。
(次は……俺の番だ。)
ぐっと拳を握り締めて、強く決意。
見上げた青空は、今までで一番美しく見えたような気がした。
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