それぞれの笑み

「では、そろそろシアノに体を返してやるとするか。本当はお前たちに会いたかったのに、必死に寂しいのを我慢していたようだからな。」



 静かに目を閉じるレクト。

 そこから静寂が満ちて、数秒。



「―――っ!!」



 ハッと、シアノが両目を開いた。

 しかし寂しがっていたという割に、シアノはキリハに近づきはしない。



「キリハ……」



 何故か泣きそうな顔をするシアノは、自身の感情を逃がすようにレクトにしがみつく。

 まさかの反応にキリハが戸惑っていると、ドラゴンの体に戻ったレクトが、シアノに優しく頭をすり寄せた。



「安心しなさい。お話なら、平和に終わったよ。今のキリハには、私の声が聞こえている。」

「!!」



 それが、どういう意味なのか。

 四年もレクトと共に過ごしてきたシアノには、すぐに理解できたのだろう。



 しばらくレクトを見つめていたシアノは、おそるおそるといった様子でキリハに目を向けた。



「本当に…? 本当に、ぼくたちの仲間になってくれるの?」



 半信半疑で揺れる声。

 しかしその眼差しだけには、明らかな期待がこもっていた。



 それに応えて、キリハは微笑む。



「うん。大丈夫だよ。」



 仲間だなんて、そもそも敵に回ろうとすら思ったことはないのに。

 それに、初めて会った時も自分たちは味方だよって言わなかったっけ?



 そんなことを思いもしたが、今ならシアノがその言葉を受け入れられるんだとしたら。

 自分は、何度でもこう言ってあげよう。



「………っ」



 それを聞いたシアノが、ぱあっと表情を明るくする。

 自分が初めて見る、満面の笑顔だった。



「やったぁ!」

「うわわっ…」



 次の瞬間、シアノにタックルの勢いで抱きつかれ、キリハはたたらを踏むことになった。



「よかった…。これで、キリハとはバイバイしなくていいんだ…っ」



 そう言って、シアノはキリハに抱きつく腕に力を込めた。



 本当に、本当に嬉しそうな顔。

 それを見て、今度は自分の方が泣きそうな気持ちになってしまった。



「……そうだよね。好きなのにバイバイなんて……本当は、嫌だったよね。」

「うん……うん…っ」



 ぐりぐりと頭を押しつけてくるシアノ。



 不安だった。

 寂しかった。

 本当は会いたかった。



 小さな体温に、全力でそう訴えられているようだった。



 こんなに好きになってくれていたのに、どうしてシアノは無理に〝バイバイ〟なんて言ったんだろう。

 少し考えて、なんとなく想像できた。



 この国で生きている以上、シアノだってドラゴンと人間の確執は知っているはず。

 もしかしたら、レクトからも言い聞かされていたかもしれない。



 それなら、容易に想像がつくだろう。

 ドラゴンと暮らす自分が、人間の中では異分子だということを。



 両親に捨てられたシアノにとって、レクトは唯一の頼れる存在。

 それなら、当然のようにレクトを優先する。



 初めて好きになった人間に、さよならを告げてでも。



 自分も、レティシアたちの問題がこじれていたら、人間を捨ててレティシアたちと逃げていたかもしれない。



 実際にそんな迷いを抱いたことがあるだけに、シアノの選択を他人事にはできなかった。



(こんな顔をされたら……嘘でも離れるなんて言えないよ。)



 顔を歪めたキリハはシアノの前にゆっくりとしゃがんで、その体を強く抱き締めてやる。



「大丈夫だよ。何があっても、味方でいるから。」



 シアノの気持ちに応えるように、こちらも全力の気持ちを伝える。



「えへへ……」



 シアノが幸せそうに笑う雰囲気を感じて、キリハも笑う。



 そんな二人を眺めるレクトもまた、ふいに口の端を吊り上げるのだった。


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